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「帰還兵の戦争が終わるとき」書評 かくも深き米国の矛盾と後遺症

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2021年07月24日
帰還兵の戦争が終わるとき 歩き続けたアメリカ大陸2700マイル 著者:トム・ヴォス 出版社:草思社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784794225177
発売⽇: 2021/06/01
サイズ: 19cm/330p

「帰還兵の戦争が終わるとき」 [編]トム・ヴォス、レベッカ・アン・グエン

 米国の友人たちから、イラクやアフガニスタンの戦場の話を聞いたことがある。頭を撃たれながら九死に一生を得た、目の前で自爆テロに遭った、荒野で急襲されて銃を撃ちまくった……。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんだ人もいるが、いまはふつうの生活を送っている。だがこの本を読んで、彼らが経ただろう時間を思った。
 著者は、2004年から約1年、イラクの激戦地モスルに派遣された。凄惨(せいさん)な戦場で仲間2人を失い、帰国後は酒におぼれ、自殺願望が頭を離れなくなる。
 そしてある日、中西部ウィスコンシン州から西海岸のロサンゼルスまで歩くことを思いつく。ただ生きて前に進むために。この本は、もう1人の帰還兵と、約5カ月かけて約4千キロを歩いた記録だ。
 戦場で起きたことは、断片的にしか語られない。記憶は亡霊のように旅の途上で現れては消える。はたして旅を終えたとき、彼の中で「戦争が終わる」のか。
 この本が現実味をもって迫るのは、その答えが容易に見つからないところだ。
 著者は、自分を苦しめていたものが、「道徳的負傷(モラルインジャリー)」だと結論づける。人を殺し殺される戦場で、善悪の概念を大きく覆され、心に傷を負った状態だ。
 それを「克服すべき業」だと捉え、「最後に本当の自分を発見できるなら、戦争は無意味ではない」と自らに言い聞かせる。
 見えてくるのは、泥沼化する米国の戦争の矛盾と後遺症を一身に引き受ける帰還兵たちの姿だ。
 旅にはSNSを通じて多くの寄付や支援が集まる。だが彼には、金で戦争の話にふたをしたい社会の偽善に映る。帰還兵とそれ以外の国民との断絶は深い。
 米退役軍人省の報告書によると、18年には1日平均約18人の元兵士が自ら命を絶っている。戦場を生き延びるより、母国で日常生活を生きる方が、ときに難しい。そんな戦争のもう一つの現実を突きつけられる。
    ◇
Tom Voss 2003年から3年間、アメリカ陸軍兵士▽Rebecca Anne Nguyen トムの姉、作家。