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正攻法でありながら見事に欺してくれる「見知らぬ人」など村上貴史が薦める新刊文庫3冊

村上貴史が薦める文庫この新刊!

  1. 『見知らぬ人』 エリー・グリフィス著 上條ひろみ訳 創元推理文庫 1210円
  2. 『スケルトン・キー』 道尾秀介著 角川文庫 704円
  3. 『火のないところに煙は』 芦沢央著 新潮文庫 649円

 (1)は、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作。イギリスの中等学校タルガース校で英語教師をしているクレアは、同校旧館にかつて住んでいた作家ホランドの研究もしていた。そんなクレアの同僚が殺された。そして、遺体の傍らにはホランドの小説と関連するようなメモが……。クレアをはじめとする三人の視点で綴(つづ)られる物語に、クレアの日記やホランドの著作が絡むなか、殺人が続発するいささか複雑な構造なのだが、犯人当てとしてはシンプルかつ上質。正攻法でありながらここまで欺(だま)してくれたことに感謝。

 (2)の主人公は坂木錠也という十九歳のサイコパス。恐怖を感じない性格を活(い)かし、雑誌の調査を支援する仕事をしていた錠也のもとに、かつての児童養護施設の仲間がある報(しら)せをもたらした。その報せは、幾人もの死者を生むことに……。錠也の境遇に同情しつつも、その暴力に感情移入は出来ず、それでも物語の展開に惹(ひ)かれて読み進んでいくうちに後半に至り、そこで著者の仕掛けに気付いて驚くことになる。さらにその仕掛けが生むサスペンスに痺(しび)れ、そして最後の言葉に僅(わず)かではあるが希望を感じる。複雑な後味だが一気に読める小説だ。

 実話怪談集という体裁の短篇(たんぺん)集が(3)。神楽坂を舞台に怪談を、という依頼を受けて執筆を始めた〈私〉を待ち受けていたのは、思わぬ出来事だった……。各短篇が怪談として怖いし、ミステリ作家ならではの技巧がもたらす衝撃もある。読書の愉(たの)しみが濃縮された一冊である。=朝日新聞2021年7月24日掲載