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「うらみちお兄さん」がヒット中の漫画家・久世岳さんインタビュー 新作は若手芸人5人の青春グラフィティ

面白さが試される「ニラメッコ」

――『ニラメッコ』は若手芸人が抱える葛藤、苦悩、そして心を突き動かされるような情熱が、テンポ良く、クールに凝縮されていて、爽快感を覚えます。若手芸人の世界を描こうと思ったのは。

 もともとお笑いが好きで、劇場に漫才を観に行っていました。でも、芸人さんを漫画や映画、ドラマの題材にして扱うのは、「挑戦だな」とも。自分の考える面白さを試されてしまう。「面白い人を描く」という時、会話が面白くなければ、説得力は生まれません。それはすごく重いネックでした。ただ、『うらみちお兄さん』っていうギャグ漫画の作品を、ある程度書き進めて、「ひとを笑わせよう」ということを四六時中考えていたら、「ちょっと試してみたい」って気持ちが生まれました。

――久世さんのご出身は関西だそうですね。関西のお笑い劇場と言えば、「NGK(なんばグランド花月)」「よしもと漫才劇場」……。

 あとは、東京の「ルミネtheよしもと」「ヨシモト∞ホール」とかにも結構来ていたんです。

――好きな芸人は。

 ジャルジャルさんとか。(福徳秀介さんは)小説を書いていらっしゃいますよね。あとは中川家さんとか、皆さん好き。挙げきれないぐらい。

――「会話が面白くないことには成立しない」のは、すごく難しそう。

 めちゃくちゃプレッシャーがあって。何気ない会話のセリフのほうが、(物語の)展開よりも考える時間が長いぐらい。芸人さんの話題に限らず、大筋のストーリーを考える労力は一緒なんですけど、細かい、どうでもいい小さなコマの会話の掛け合いについて、説得力を持たせようと考えると、すごく時間がかかるんです。露骨すぎず、不自然すぎず、自然に会話が進むように……。そこが一番悩んで描いているところです。

©久世岳/白泉社

――でも、その思いが功を奏していますよね。読み進めていくと、まるで若手芸人が喋る「生の声」で伝わってくるようです。舞台は、5人の若手芸人が同居するシェアハウス。売れない時間が続くなかで、苦しみ、ぶつかり合いながら舞台に上っていく。ヒリヒリします。

 (登場人物は)全員、関西人なんですけど、舞台は東京です。関西人が単身でいきなり東京に移り住んで、しかも就職するならまだしも、「夢を追う」という立場で、単身で出てくるのは、かなり不安です。東京自体が、まあ広い街。「ふるさとではないところ」で、言葉も違うなか、暮らす。わたしも、たまに上京すると、人に押し流され、窮屈に感じるところが多いんです。でも、みんなでシェアハウスして、夢を追い掛けることは、ある種、そんなに気が合わない人たちでも無意識に仲間意識が生まれるんじゃないか――。まず、そこからプロットを考えていきました。

©久世岳/白泉社

――「テレビ越しに眺める同世代の活躍、無知ゆえ心無いネットの声、誰かの期待とはかけ離れた自己評価。僕たちの心は多分、それらを一人きりで抱えられるほど頑丈にはできていない」。さすらいながら、程よい距離感を保ちながら、一つ屋根の下に暮らす。中傷のダイレクトメールを送り続けてくるファンが出てきますね。

 わたしも、エンタメ漫画を描いていて、いただく意見の中には、たまにそういう厳しいものが届きます。心無い言葉っていうのは、誰しも多分もらうものではあると思います。今の時代って、昭和の時代とかと違って、個人の良いことも悪いこともじかに発言しやすくなっている。作者や芸人さんたちに対して、直接コミュニケーションが取りやすくなって、すぐに声が届いてしまうのは利点でもあり、デメリットでもあるかな、と思います。

 (中傷DMのエピソードは)「令和ならではのエンタメの世界を描きたい」と思って入れたところではあるんです。誰しもが、加害者側の気持ちも被害者の気持ちもわかる。身近な話題だと思うんです。それに対して自分がちょっと思ったことを、モノローグやストーリーの展開なりで支えていきたいと思って描きました。

――心無い言葉をかけられること、あるんですか。

 むちゃくちゃあります。わたしに限らず結構、漫画家でも芸人さんでもあるんじゃないかなって感じています。

――こっちがブロックしても、またアカウントを変えて。

 同一人物かどうかわからないですけど。わりあい、いるんじゃないかなと思いますね。ネットの世界では、伝言ゲームみたいにちょっとずつ話が変わっていってしまう。難しいところでもあります。ひとにモノを伝えるっていうのは。

【遊佐浩二&津田健次郎】芸人たちの青春グラフィティ!!「ニラメッコ」(久世岳:著)期間限定ボイス入りPV【Long ver.】

――『ニラメッコ』には、霊? お化け? が登場しますよね。「このかたは、故・横山やすしかな?」と。あの人っていったい、どんな存在なのですか。

 あの人は本筋ではないんです。大きなキーマンというわけでもないんですけど、でも、ちょっとずつそこを明かしていきたい。(横山やすしオマージュに関しては)あんまり大きな声では言えないんですけど、リスペクトして描いています。

体操のお兄さんを描いてブレイク

――WEBコミック配信サイトで連載中の『うらみちお兄さん』は紙と電子で累計150万部を突破し、テレビアニメ化(テレビ東京系で放送中)。飛ぶ鳥を落とす勢いですね。声優陣が超豪華で、ひっくり返りました。

 いやー、すごく大勢の方が携わってくださって、一つの作品を作り上げてくださっているということが、ほんとうに感慨深いです。

――『うらみち~』は、教育番組の体操のお兄さんが、爽やかだけれど、情緒不安定。いろんなメディアでの紹介文では「大人の闇」と表現されていますが、……ちょっと、そんな一言では言い表せないような、もっと深い悟りに満ちた言葉を発しますよね。私がグサッと来た言葉は、「誰かと張り合うことだけを目標にしていたら、その誰か以上のところには行けないよ」。こんな言葉がいっぱい散りばめられています。

 作品の流れとしては、(主人公の体操のお兄さん)「うらみち」が、子どもに何かを伝えているふうに書かれているんですけど、ああいう言葉一つひとつって、自分に対する反面教師として書き留めているところがあるんです。自分でちょっと反省すべきところとか。結構、ネガティブ思考なので、普段、仕事の最中ひとりで考え込んでしまうことがあるんです。それに対して、自分なりに持論、というか答えを導き出して。コメディーになっているかわからないですけど、ギャグ漫画に乗せてネタにすることで、昇華している。そういうつもりで描いています。

TVアニメ「うらみちお兄さん」PV

――「体操のお兄さん」をギャグ漫画の題材にしたのは、なぜですか。

 「本家」の方に申し訳ないんすけど、「もう、ギャグとして面白いかな」っていう(笑)。「ギャップとして生きるかな」って。だから、怒られないか常にヒヤヒヤしています。わたし自身、ひろみちお兄さん(佐藤弘道さん)、けんたろうお兄さん(速水けんたろうさん)、あゆみお姉さん(茂森あゆみさん)を見て育ちました。「育ててもらった」と言っても過言じゃないぐらいのひと。大好きなお兄さん、お姉さんに失礼のないように描かなきゃ、と、日々考えています。

――読者(TVアニメの視聴者)からはどんな反響がありましたか。

 どんなご意見でも嬉しいです。でも、「面白かった、笑った」「爆笑した」とかいう声が、やっぱりいちばん嬉しいです。笑ってほしくて描いているので。

――その「笑い」を創り出すのが、いかに大変かを描いているのが、今回の『ニラメッコ』でもありますね。

 「こんなに頑張っているんですよ!」っていう方向には持っていかないようにしたいんです。ただ、笑いを創り出す裏で芸人さんは、ものすごく考えていらっしゃる。真剣で大変なことです。でもそれが報われた時の喜びもやっぱり大きい。だから「読んで笑いました」っていう感想が嬉しいんです。

――「笑い」っていう概念について、久世さんがここまで思い入れを強く抱く理由は。

 笑いが多い家庭で育ちました。落ち込んでいる時、悲しい時に、楽しいもの、笑えるものを見た方が絶対、落ち着くんです。

――私は昔、体調を崩して休職した時、寛解に近い過程でお笑い劇場に通い続けたことがあるんです。「笑い」は、感情をさっぱり洗い流すことを実感しました。「笑い」にすくわれました。

 そうですね。笑いは気分を上昇させる。わたしもそう信じているので、笑いに執着するのかも知れないです。

影響を受けた脚本家・坂元裕二さん

――ご自身の表現手法のベクトルが、漫画に向いていった経緯は。

 もともと絵を描くのが好きで、得意ではあったんですけど、母が美大出身っていうのもあり、同じ美大を受験して、絵を4年間しっかり学ぶことにしたんです。大学では「マンガ学部マンガ学科」っていう珍しい専攻がありました。ただ、その時点では漫画家になろうとは思っていなくて。「カートゥーン」というコースに進みました。1枚の絵で、メッセージとユーモアを伝えるんです。1年次の夏休みに、動物園に通って、「500枚クロッキー」をやりましょう、とか。結構苛酷なコース。

――千本ノックみたいな世界ですね。

 そうですね。特別うまい方ではないんですけど。

――そこから漫画家へ進路が定まってきたのは。

 3年次で就職ガイダンスの説明を受けに行かなければいけなかったのに、部活のバスケ部に夢中で行きそびれてしまったんです。なんだか面倒くさくなって、「漫画でも描いて勝負してみるか!」って(笑)。その頃はとにかく不真面目で、思いつきで。

――漫画家として独り立ちされる上で、影響を受けた作品は。

 尊敬しているのは、『鋼の錬金術師』などを描いていらっしゃる荒川弘先生です。ただ、もともとそんなに漫画をたくさん読んできたほうではなくて、どちらかというと映画やドラマの脚本から学んだり、参考にしたりしています。

――どんな映画を観ていたのですか。

 又吉直樹さんの「火花」。あとは李相日監督の「怒り」。ドラマの脚本家で言うと坂元裕二さんがすごく好きです。セリフまわしが好きなんですよね。説得力のあるセリフを描くかた。「anone」という連続ドラマが好きでした。最近では「大豆田とわ子と三人の元夫」。キャラクター作りもすごく好き。

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バスケ部に入って、漫画家になれた

――丁寧で繊細ですよね。繊細と言えば、久世さんの描くビジュアルも繊細です。私は、久世さんの描く登場人物の首筋から漂う躍動感にグッときました。

 絵柄は結構、大学のときに急に変わり出したんです。それまでは、なんか華のないひとしか描けなかったんですよ。「絶対的主人公」の顔やフォルムが描けなかった。大学でバスケ部に入ったことで、いろんな人と話をして、同時に人物のクロッキーもたくさんしたんです。いろいろな個性を見ることによって、「主人公を描くなら、こうかな」みたいなものが確立されたのかなと思うんです。

――その、「バスケ部に入った」というのって、わりと大きな出来事だったんですか。

 すごく大きかったと思うんです。「バスケ部に入っていなかったら、たぶん、漫画家なんかやってないんじゃないかな」っていうぐらい。

――えっ? それは、なぜですか。

 合宿の時、顧問の先生に「おまえ、絵を描くな!」ってすごく怒られたんですよ。夏休み合宿の時、「クロッキー500枚」という重たい宿題と被っていたので。それで、休憩中に描きながらバスケをしていたんです。

――すごい世界ですね(笑)。

 「おまえ、絵を描くのをやめて、ひとと話をしろ!」って。「もっと人間を知ったほうが、お前、絵がうまくなるぞ」と言われて。そのへんから絵柄が変わっていったんです。それまでは、人間というキャラクターのフォルムを、外側だけで捉えていたんですけど、対話をするうちに、「性格って、結構見た目とかにも現れてくるもんや!」って、顧問の先生からすごく言われて。先生は絵を描かないんですけど、何だかすごく説得力があったんです。たしかに、人それぞれの性格から出てくる仕草とか、動きの流れとか、そういうのを意識し始めると、キャラクターをつくる「幅」が拡がってきた。感じる感覚が変わったかなって思いました。

参考にしたい第7世代の活躍

――思いがけないところからの刺激ですね。でも、だからこそ『ニラメッコ』の芸人たちも、『うらみち~』のお兄さんたちも、生々しい。皆、ちゃんと病んで、ちゃんと生きている。芸人たちには、実際に取材する機会があったのですか。

 そうですね、コロナに入ってしまったことで、最近はできてないんですけど、物語を立ち上げる時に実際の劇場に出向いてお話を伺ったり、写真を撮らせていただいたりしました。

――『ニラメッコ』1巻の巻末には「ぼる塾」「レインボー」のインタビューが載っていますね。

 「ヤングアニマルZERO」での連載時、毎回芸人さんたちのインタビューを載せていただきました。参考になっています。エピソードは、興味深い。知り得ないことがたくさんありました。ひとそれぞれ、コンビによって方針が違う。取り組んでらっしゃるんだな、って思いますね。

――『ニラメッコ』のプロモーション動画では、「EXIT」が起用されていました。兼近大樹さんは「熱くなっちゃって、めちゃめちゃうれションだらだらです」とコメントしていました。『ニラメッコ』の芸人たちは、「第7世代」を意識しているのですか。

 そうですね。描いている世代がちょうど同じくらいの年齢・芸歴だと思います。一番参考にしたい部分ではあります。「不謹慎と、コメディーの境」みたいなところに、彼らは悩んでいらっしゃる。わたしも結構悩むところです。

 芸人の皆さんが持っていらっしゃる情熱は、きっと今も昔も変わらないと思います。でも、「外に出していくのか、出していかないのか」という決断が、昔と今とでは、テンションの違いとして見えているのかな、って。「第7世代」はある種、冷めて見えるようなところがある。誰も傷つけない笑い、あんまりうるさい笑いは流行らない。(時間いっぱいに漫才を回していく)「ローテーション漫才」も増えてきています。時代によって変わっていく「お笑いのかたち」を、わたしも追っていきたい。そんなふうにいま、思っているところです。