お約束ありBLの旗手が「自由演技」の短編集
2008年のデビュー以来、50作以上のBL作品を書きつづけてきた。そこには、男性同士が恋愛し、最後は幸せに結ばれるという大前提がある。「『結末が読めてしまう』という声も聞きますが、BLは裏切らなさを保証するもの。裏切りのない幸せやときめきを求めるジャンルがあってもいい」
BLと一般文芸を「規定演技と自由演技」にたとえる。「BLは読者に望まれるお約束が明確に存在するジャンル。一般文芸はそれを全部取っ払った」
六つの短編は、文体も読み口も様々だ。離婚し実家に戻ってきた身長188センチの「規格外の姉」との夏を描く「魔王の帰還」はポップでさわやか。「ピクニック」はミステリー調で、生後10カ月の赤ん坊の死をきっかけに、家族の秘密が明かされていく。
「花うた」では、兄を殺され天涯孤独になった深雪と、加害者で服役中の青年・秋生との手紙のやりとりが書簡体でつづられる。
作品を書くきっかけになったのが、島根県にある官民共同の刑務所に密着したドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」(坂上香監督)だ。独自の更生支援プログラムの一環として、受刑者たちが生い立ちや家庭環境、犯した罪について互いに語り合う姿に胸を打たれた。
「彼らはわかってほしいんだな、と。自分がなぜそんなことをしたのか、どう育ってどんなつらいことがあったのか、まともに耳を傾けてもらえなかった人たちが罪を犯している」
「被害者も、自分たちが受けた苦痛や恐怖を、自分を傷つけた人に一番わかってほしいと思う。彼らが交流するとしたらどうなっていくんだろう、と考えた」
文通するうち、秋生は自らの生い立ちを語り、深雪も兄との暮らしに感じていた息苦しさを明かす。それぞれにゆがみを抱えながら、罪とは何か、ゆるしとは何か、答えを探す。しかし二人がたどる結末は、読み手の「こうなってほしい」という期待を静かに裏切る。
「人間はそんなに簡単じゃないだろう、そんなにわかりやすくないだろう、とあらがいたい気持ちが常にある」と一穂さんは言う。
「物語は正解を示すものではない。人には不幸になる自由もある。その人が選んだなら、そういう人生があっていい」
大阪育ちで、いまも住む。いつか大阪を舞台に小説を書きたいと話す。「大阪の人って、本当はすごくシャイで気をつかう面がある。ユーモアで包むというのは、全部さらけ出すことへの恥ずかしさもあって。そういう感じを書けたら」(尾崎希海)=朝日新聞2021年8月11日掲載