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一穂ミチ『スモールワールズ』 「あるある」と唸らされる共感度、そこからさらに広い世界へ

 人生なんて、そうそう思いどおりにはならないと分かっていても、ついため息を吐(つ)いてしまうことがある。

 結婚して八年になるのに、子供ができない。そりの合わなかった姉が、離婚して出戻ってくる。十五年ほど会っていなかった娘が、ややこしい事情を抱えて突然やって来る――。収められている六話は、いずれもそうした不穏な「どうして」を内包している。ところが、読みながら抱く感触はそれぞれまったく違う。

 日本推理作家協会賞短編部門の候補にもあがった「ピクニック」には、タイトルの印象に反し、どこへ連れて行かれるのか想像もできない不安と怖(おそ)れが。往復書簡形式の「花うた」には、最初に記された文面から予想する展開を見事に覆される興奮と感嘆が込み上げてくる。

 夫婦、親子、姉弟、兄妹。叔母と姪(めい)、母と娘、父と息子。登場人物たちが生きる家族という小さな世界は、読者にも身近なものだ。ちょっとした会話や、気持ちのすれ違い、勢いで言ってしまった言葉、どうしても言えずに呑(の)み込んだ思い。些細(ささい)なエピソードにも、あるある、わかるわかると苦笑し、唸(うな)らされるほど、共感度は抜群に高い。

 しかし、本書の魅力は、そこからのふり幅だ。知っているつもりの場所が、まったく違うものに見えてくる。知らずにいたことを後悔もする。それ以上に、そういうこともあると知れたことに、少しだけ心強くなる。

 ボーイズラブ小説家として活躍してきた作者が、その枠から飛び出し踏み込んだ一般文芸作としても注目を集めているが、世界が広がったことを楽しんでいるかのような展開と構成も心にくい。先ごろ発表された第一六五回直木賞は、あと一歩届かなかったが、読めば必ず、またひとり面白い作家が出てきた! と一穂ミチの名前を記憶することになるだろう。

 マイノリティと分類される人々の物語ではない。どこにでもいる、私たちの物語だ。=朝日新聞2021年7月24日掲載

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 講談社・1650円=3刷5万5千部。4月刊。全国の書店員に支持され、30~40代の女性を中心に広がった。直木賞の候補入りで、男性読者も手に取っているという。