8月8日に幕を閉じた東京オリンピックで、日本柔道は男女14階級で金メダル9個という圧倒的な強さを見せつけた。快挙を記念して、今回は「前代未聞の柔道マンガ」を取り上げたい。昨年から「webアクション」(双葉社)で始まった『All Free! 絶対!無差別級挑戦女子伝』(青野てる坊)だ。単行本全2巻でいったん完結したが、好評につき現在は続編(All Free! 無差別級挑戦女子 本伝)が連載されている。
御船淳(みふねじゅん)は「柔道の神様」とうたわれた御船久蔵十段の直系の子孫。叔父の隼己(はやき)は最軽量(60キロ級)の小兵にもかかわらず、全日本柔道選手権と世界柔道選手権の無差別級で優勝しており、彼女はさらに性別の壁まで越えていく。50キロそこそこの15歳の少女が、第1話からいきなり「御船十段杯」成年男子無差別級で準優勝してしまうのだ!
御船久蔵のモデルになった三船久蔵は明治16年(1883年)に岩手県で生まれた伝説の柔道家。160センチに満たない体格で次々と巨漢を投げ飛ばし、「柔よく剛を制す」柔道の理想を体現した人物として知られる。彼の影響もあってか、令和の今なお柔道には体重を問わない無差別級の公式戦がある。全日本柔道選手権(天皇杯)には無差別級しかない、と聞けば驚く人も多いのではないだろうか。体格にも性別にも縛られない。「柔道は自由だ!」というラジカルで熱いメッセージが本作のタイトルの由来になっている。
女子中学生が年長の男子選手を倒すスポーツマンガに、1993年から1999年まで「週刊少年サンデー」(小学館)で連載された『“LOVe”』(石渡治)があった。ヒロインの高樹愛は小学館漫画賞を受賞した前作『B・B』の主人公の娘。高校に進学したテニスの天才少年・鯨岡洋平と戦うため、年齢と性別を偽って男子高に入学し、インターハイにまで進出する。最終巻のあとがきには「テニスを題材にしたのはボク自身テニスが好きなことと、テニスでは女と男の強さの差がとても大きいということでした」と書かれている。
それでもテニスは相手の体に触れない球技だからまだいい。格闘技、しかも体を密着させて戦う柔道で「女と男の強さの差」はテニスの比ではないだろう。まして倍以上の体重を持つ第一線の男子柔道家と互角に戦える女子選手などいるわけがない。リアリティーが重視される現代のスポーツマンガで、これほど“荒唐無稽”な作品もないかもしれない。
しかしこのぶっ飛んだ設定には、強烈なロマンがある。もともと格闘技とは「力の弱い者でも強い者に勝つ」ための技術ではなかったか。才能(体格)がなくても技を覚えれば強くなれる――。誰が見ても不可能な夢に対し、作者・青野てる坊は柔道経験者ならではの理論武装を重ね、針の穴ほどの可能性を探っていく。それは実に説得力があり、読者もやがて「もしかしたら」という気持ちに傾いてしまう。強さとは何か? 柔道とは何か? 御船淳のファンタジックな挑戦を通じて、作者は“柔道の本質”に迫ろうとしているのだ。