つらかったワンオペ育児の日々
――夫さんが主夫になる前は、弓家さんが仕事をしながら育児と家事を全部ひとりでやっていたそうですね。どんな生活だったのでしょうか。
睡眠時間は毎日4時間ぐらいでした。だいたい夜11時に寝て、朝3時に起きて仕事して、息子が6時半から7時くらいに起きてくるので、そしたら家事育児して。お昼寝をしてくれるときは、1時間半くらい仕事して、家事育児をして、夜9時から11時は自由な時間で本読んだり晩酌したり。それから寝て朝3時に起きる。一年中そういう状況で、そのルーティンが今思うとすごくきつかったですね。
――夫さんは飲食店で働いていたそうですが、生活リズムも違いましたか?
夫はお昼の3時すぎに家を出て、帰りは早くて深夜の3時。遅いと朝の5時とかに帰ってくるので、休みの日以外はほとんど会わなかったですね、子どもと会うのは「行ってくるね」っていうほんの一瞬でした。
――睡眠4時間で、家事育児と仕事の日々、大変でしたね。
家事育児以外のことをすることで自分を保てたりする部分もあったので。主婦になって家事育児に専念していたら、だんだん社会から取り残された感覚になっていったので、お仕事したいと思っていました。
当時は子どもを保育園に預けていなくて、1歳くらいのときから仕事が忙しくなり始めて、そのときに保活しようと思っても難しかったので。仕事がこんなに忙しくなるとは思ってなくて、子どもが幼稚園に入ったらやろうかなと思っていたんですよね。甘かったんですけど。
――当時を思い返すと、何が一番つらかったですか?
物理的にも精神的にも一人で育児をしていたことですね。何が大変でストレスなのかを分かってもらなくて、愚痴も気軽に言えなかったので。「今日こういうことがあって、食べてくれなくて大変だったんだよ」と言っても、子どもと向き合っていないといまいち分からないので、「へー」って流されたりするのがキツかったですね。
主夫をお願いした後のプレッシャー
――漫画に一連のシーンとして描かれてますが、飲食店の店長だった夫さんから「一時的に店を閉める」と切り出されたとき、実際その場で「ちょっと主夫やってみてくれない?」と提案できたんですか?
これはリアルなタイミングでしたね。「つなぎでバイトするよ」と言われて、「ちょっと主夫やってみてくれない?」ってすぐその場で言いました。当時は体力と時間の限界で断っていた仕事もちらほら出てきた時期で、主夫になってもらえれば全部受けられるし、収入的にも不安はない感じだったので。
――共働きも慌ただしいですが、収入が安定するメリットもあります。自分だけが働くことに対して、精神的、金銭的な不安はなかったですか?
まだ新型コロナの広がる前で、主夫をお願いするのは長くても半年くらいだろうと思っていたんですよ。いい機会だから短い期間に体験させちゃおうと。そうしたら、新型コロナの影響でお店の営業再開も厳しくなって、じゃあ本腰を入れてメインで稼ぐ人を続けようと思ったんですけど、そのときに初めてプレッシャーが来た感じでした。
――どんなプレッシャーを感じましたか?
漫画のネタが思いつかなくて投げ出したくなるときは多々あるんですけど、そのときに「いや、これ描かなかったら食べさせていけんし!」と。今まで稼ぐ側の夫が感じていたような、生活のお金やローンのプレッシャーを感じましたね。そのおかげで仕事を踏ん張れたり、良いほうに作用したりときもあるんですけど、それでも仕事があまりない月はプレッシャーを感じますね。
夫が主夫になって変わったこと
――夫さんが主夫になったことで、生活にはどんな変化がありました?
子どもが男の子だからっていうのもあると思いますけど、私ができる遊びと、夫ができる遊びはやっぱり違って、私は球技や運動ができないので、外でサッカーしたり。多分息子も楽しいことが増えたのかなと思います。
料理でいえば、家で外食並みのご飯が食べられているので、コロナ禍でなかなか外食もできない日々ですが、そういうストレスはないですね。
何より夫が主夫になったことで、育児の大変なポイントがお互いに一致したので、本当に喧嘩がなくなりましたね。険悪なムードっぽくなることはたまにありますけど、前みたいに溜めて溜めて爆発! っていう種類の喧嘩はなくなりました。この1年くらい喧嘩してないんじゃないかな。
――お互いに大変さが分かったのは大きいですね。
どっちかが分かってないと、漫画にあったみたいに「子どもにそんな言い方するなよ」って相手を責める言い方をしてしまうと思うんですけど、お互いに分かっているとその前にフォローができるんです。
――ちなみに、第2章のタイトルが「ちょっと主夫、なめてたわ」ですが、これは本人の言葉ですか?
これは夫の言葉ですね。主夫を始めて2、3カ月くらい経ったときかな。最初の1カ月くらいは「余裕だな」みたいな感じで楽しくやってたんですけど、主夫(婦)ってずっと同じことが続くじゃないですか。それが今まで自分が感じたことのない種類のストレスだとわかったときに、「今まで本当になめてたな」と言っていました。
ある日、突然キレた夫
――そんな夫さんが、ある日キレてしまったシーンは漫画の山場でもありますが、そのときに弓家さんがかけた言葉が、思いやりある大人の対応すぎてリスペクトしかなかったです。
家族でいると、どうしても面倒くさいことの連続じゃないですか。だから今どういう言葉をかけたら最短ルートで良い方向に行くかを計算してるところがあるんです。良い方向に持って行く癖をつけていくんです。
――あの瞬間は、言い返したい自分もいたんですよね。でも言い返さず、やさしい言葉を返したことで、夫さんは冷静になれた。
自分があのときに攻撃したら、また険悪なムードになったときに攻撃されると思うし、「あのときこう言われたからこう言ってやろう」って繰り返すのも嫌だったので。あれ以来、本当に喧嘩がなくなったと思います。
――その後、夫さんがちゃんと「ごめん」と謝ってくれましたね。
多分、私があの言葉をかけなかったら言ってくれなかったと思うんです。良い意味で思いやりが連鎖したのかな。初めて自分から「ごめんね」って言ってくれたと思ってびっくりしましたね。それまでは、私から「謝って」って言わせていました(笑)。
ママ友、元同僚……周囲の反応
――両親やママ友など、周囲からの主夫に対するリアクションも描かれていました。固定観念から来る周りの声には、どう対処されていましたか?
うわ〜、もや〜って感じるんですけど、自分の物差しでしか考えられないのは、すごく傲慢なことだと思っているので。自分とは違うんだなって良い意味での諦めがありました。基本的には、こういう考えの人もいるんだなって、受け止めつつ流しつつっていう感じでした。
――夫さんが飲み会で昔の仕事仲間から「主夫なんて時間いっぱいあるのになー」と心ない言葉を投げかけられたことも。
自分よりパートナーに向かって言われたほうが憤りましたね。いかに居酒屋に行って大人だけで飲む時間が貴重か、育児をした人じゃないと分からない。主夫が時間を捻出して飲みに行けるのは、子どもの体調や、パートナーの都合とか、家事を終わらせ、あらゆることを計算して、やっとその時間を作っているから。だからどんなに楽しみにしたかも分かっていたんですね。
楽しみにして出かけたはずなのに曇った表情で帰ってきたので、「どうしたの?」って聞いたら、明るく話してましたけど。夫は45歳なので、同世代以上はどうしても主夫って馴染みがないと思うし、「専業主夫ってヒマ」って思っている人が多いのかもしれないですけど、主夫に対しての理解のなさに憤りましたね。
「どうしたら妻が優しくなる?」
――単行本も刊行されて、読者からはどんな感想が寄せられましたか?
「うちも夫が主夫なんです」って感想もたくさんいただいたんですけど、「喧嘩したときに、どうしてあんなことを言えるのか。尊敬します」と言ってくださる方が一番多かったです。「自分だったら、それみたことかって絶対言っちゃうと思うので反省しました」と言われましたね。だからこの場で「面倒くさかったから」と言っておきたいんですけど(笑)。
あとは、「夫に優しくするようにしました」という方がいました。その方は喧嘩のときに責めることばかり言ってたなと思ったみたいで。普段こういうところに感謝しているっていうことを伝えたら、すごい旦那が優しくなって、いつもの喧嘩とは違う流れになったようです。
――主夫の方からの声も届きましたか?
主夫で片身が狭い思いをされている方、あとは「妻がこんなに優しくない」っていう方もいました。最初から主夫だったというより、途中から主夫になったパターンの夫婦が多いようです。だから「私が主婦のときはやっていたんだから、これくらいやりなさいよ」という感じの反応が多いみたいですね。そういう男性から「どうしたら妻が優しくなるでしょうか」みたいな相談もあります。
――作品からも伝わりますけど、ご夫婦は仲がいいですよね。コミックエッセイには夫婦の不仲や喧嘩が面白おかしく描かれる作品もあります。
引きが強い話とか、ギスギスしたところや不満をピックアップして描くのは簡単なんですけど、きっとこの本が出る頃は、そういう家庭が増えているんじゃないかと思ったんです。
コロナ禍にスタートしたこともあって、家庭内のギスギスにフォーカスしたものを描いたところで誰が救われるんだろうって思ったんです。不満の部分だけ切り取ることもできたんですけど、自分が伝えたいことはそうじゃなかった。もっとその先の感情を描きたかったので、こういう描き方にしました。
新しい働き方、夫婦のかたちを模索する人たちへ
――今後、夫さんが「また働きたい」と言ったら、どうしますか?
去年そう言われたときは、私は「私の稼ぎじゃ満足できないの?」みたいなことを言っちゃったんですけど、そうじゃないですよね。
外の世界に出て、与えられたお金ではなく、自分で自由に使えるお金がある。家事育児以外のことがしたかった当時の私と一緒だと思って、考えをあらためて謝りましたけど、そんな自分にもびっくりしました。夫には、「働ける状況になったら、自分の人生なんだから好きなことしてください」って話しました。
――どんな方に読んでもらいたいですか?
先の見通しが見えない日々が続いく中で、新しいスタイルや働き方を模索することが心の安定につながることもあると思うので、主夫の人だけじゃなくて、働いている男性にも読んでほしいですし、もちろん子育てや夫にモヤモヤしているかたにも読んでいただけたらと。
イライラしてモヤモヤして仲直りして終わりっていう単純な話ではなく、今後喧嘩を繰り返さないための考え方にシフトできるきっかけを描いてると思うので、人間関係に悩む方も読んでいただけたらと思います。