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「楽園のむこうがわ」ノリタケ・ユキコさんインタビュー 2人の少年が森につくる2つの楽園、理想はどっち?

2つの森の未来を描いた絵本

――森へやってきた2人の少年が、それぞれのやり方で「楽園」を築いていく様子を描いた『楽園の向こうがわ』。創作のきっかけは何だったのでしょうか。

 きっかけは、フランスのある森に1泊したことです。友人たちからのプレゼントで宿泊チケットをもらって、森にツリーハウスが点在するキャンプ場を、フランス人の夫と訪れました。宿泊前に、運営者の方から、森と人間が一緒に暮らしていくために大事なことのお話を聞き、朝は、木の上で、にぎやかな鳥の声に包まれながら目を覚ます体験をしました。そのとき、森が荒れずに豊かであるためには、人の手が適度に入ることも必要だと知って、“森と人”をテーマに本を作りたいと考えたのがきっかけです。

――2人の少年の、2通りの家作りが、左右ページでパラレルに進んでいく構成が面白いですね。黒い髪の少年は、森に調和した小さな家を作り、金髪の少年はプール付きの都会的な家を建てます。左ページは豊かな森のままで、右ページにはだんだん街が広がっていきます。

 最初に考えたのは、シーンごとに描かれる人物が入れ替わるような、よくある構成でした。でもデビュー作でお世話になった出版社のアートディレクターにラフを見てもらって、2人の対比を際立たせるため、空からの構図でパラレルに描いていく構成と、「文は俳句みたいに短く」とアドバイスしてもらったことで、このような形になりました。

『楽園のむこうがわ』(あすなろ書房)より。森に来た少年たちを迎え入れる少女は、森を代弁する存在。黒い髪の少年の家作りには協力するが、金髪の少年が木を切りはじめると、動物と一緒に逃げてしまう

 原題は『兄弟の森』ですが、どちらが兄で弟というのはなく、ただ単純に、人間が森とどう接していくかを2つのアプローチで描いてみたかったのです。たとえばフランス語版だと、秋に魚を釣るシーンでは、(釣り竿で)「必要な分だけ採取する」、(網を使って)「大量に採取する」といった動詞の対比だけ。主語は使わず、なるべくシンプルに表現しました。

『楽園のむこうがわ』(あすなろ書房)より。繊細に描き込まれた美しい情景は、何度開いても発見があって楽しい

――“森との共存”というメッセージ性が感じられる一方で、2つの家がどちらも魅力的に描かれていますね。

 読んだ人に「あなたはどっちの生活スタイルがいい?」と尋ねられたときは、本当に答えに困りました。環境負荷を考えたとき、理想の暮らし方はもちろん小さい家の男の子のほうだけど、利便性や人とのコミュニケーションを考えると、金髪の男の子の暮らしにも惹かれてしまいますよね。出版後のほうが、私は暮らしと自然環境の折り合いについて深く考えるようになりました。

フランスでの反響と日本語版出版

――出版後、フランスではどのような反響がありましたか。

 2020年の10月から本屋に並びはじめたのですが、発売前の9月末の時点で出版社に在庫がなくなり増刷が決まったと聞いて、驚きましたし、うれしかったです。冬にかけて予定されていた書店でのサイン会はコロナで中止となりましたが、ロックダウンが解除されてからは、市の図書館に招かれてお話したり、サイン会をしたりが徐々に増えています。

――どんな方が絵本を手にとっているのでしょうか。

 小学生くらいのお子さんがいる家族連れが、購入してくださることが多いです。フランスでは大人の絵本コレクターも多くて、そういった絵本好きの男性や女性も。「キャンプファイヤーの絵が好きなの」と具体的に伝えてくれたり、「普段の生活の仕方を考えさせられるよ」と声をかけられたり。SNSを通じて熱心な意見や感想を送ってくれる人もいて、「なるほど」とこちらが唸ることもあります(笑)。

『楽園のむこうがわ』原画と画材。雪に包まれた森の小さな家からは、はっとするほどの静謐さが伝わる。原画はフランス語版の原寸に合わせ、A3より少し小さめのサイズ。右奥は、愛用するフランス・ペベオ社のアクリル絵の具とパレット、筆

――日本語版では、フランス語の訳文でなく新たな文を付けたそうですね。

 フランス語のストレートな訳文は、日本の読者に直接的すぎたかもしれません。日本語として詩的でシンプルな言葉を、出版社側が新しく添えてくれました。日本語版のタイトル『楽園のむこうがわ』は、2人がそれぞれ築き上げた「楽園」……、家や街を通じて問題を問いかけるこの本にぴったりのタイトルで、気に入っています。

駆け出しのアーティストとして

――フランスで暮らしはじめたのはいつですか。

 最初にフランスを訪れたのは大学時代。大学の交換留学制度を利用して、1年間オルレアン大学に通いました。その後日本に戻り、アートもフランスも関係ない会社に就職したのですが、もともと好きだった絵にますますのめりこんで、週末に趣味で何時間も絵を描くようになって。「アートを仕事にしたい」と再びフランスに渡ったのが2015年です。今は滞在6年目です。

――絵本制作をはじめたきっかけは何ですか。

 フランスの本屋でおしゃれな絵本を見て「私もこんなものを描いてみたい」と、アートスクールの卒業制作に絵本制作を選びました。香水が好きで、でもフランスには香水の本がすでにたくさんあったので、ちょっと切り口を変え、匂いの仕組みも学べるような子ども向けの絵本にしたのです。フランス語で文章を書くのは難しかったので、ソルボンヌ大学の学生に手伝ってもらいました。画材はアクリル絵の具で、マットでクリーミーな感じが気に入っています。

ノリタケ・ユキコさんが絵を描き、フランスで出版した本。左から、アートスクールの卒業制作でソルボンヌ大学の学生とコラボレーションした香りについての絵本『Voyage au pays des odeurs(香りの国への旅)』(Anaïs Martinez, Oriane Daveau /文)、挿絵を担当した、庭や植物にまつわる世界のお話を集めた童話集『Secrets de Jardins Voyage au pays des odeurs(庭の秘密)』(Anne Lascoux /文)、アクリル絵具を使った絵の描き方の本『Peindre les jolis instants』

――イラストレーターとしてどのようにキャリアを積んでいったのですか?

 卒業制作が幸運にも出版社のアートディレクターの目にとまり、2019年に1冊目の絵本を出版することができました。卒業後は駆け出しのフリーランスのイラストレーターとして、あちこちにポートフォリオを送って売り込みをしました。その中から一つ、アクリル絵の具の描き方の本を出版することができたのと、アートスクールの講師をしていた別のアートディレクターに声をかけてもらって童話集の挿絵を描きました。『楽園のむこうがわ』は4冊目で、今年は年内にあと3冊の本を出版予定です。

 企業のイラストレーションの仕事をいただくこともあり、SNSにアップした絵が仕事につながることもあります。

――SNSではイラストや絵を発信するだけでなく、インテリア、洋服など日常を切り取った写真もアップされていますね。

 インテリアも洋服も勉強したことはなく、全くの趣味です。学生の頃はお金がないのでいつも可愛いものを買えるわけじゃない。ただ、絵の具で絵を描きはじめてから、いろいろな配色やデザインがアンテナに引っかかるようになりました。街、店のディスプレイやオブジェ、ギャラリーで出会う他のアーティストのカラフルな配色、自然界の配色、まわりの全てから色のインスピレーションを得ています。画像アプリで人物や絵画を見るのも好きです。最近は身につける服もカラフルなものが多くなりました。現代的な配色の感覚は、今も、自分の中で日々進化している感じがします。

 日本での出版は『楽園のむこうがわ』がはじめてですが、この本をとおして、ノリタケ・ユキコというアーティストの存在を知っていただけたらうれしいです。