「新聞には事実が書かれていると思うだろう。だが新聞が書いている事実というのは、記者から見た“真実”でもある。だからいろんな新聞を読み比べてみると面白いんだよ」
小学生の頃、担任教師の何気(なにげ)ない雑談を、数十年経った今でも思い返すことがある。当時は担任の話の本質などほとんど理解していなかったのだろうが、それでも自分の身の奥底に新聞記者という職業への強い印象が刻み込まれたことだけは確かだ。
編集者となり、主に小説畑を担当していた時、同僚からある新聞記事を見せてもらった。2014年に埼玉県川口市で起きた、17歳の少年が祖父母を殺害し、金品を強奪したという凄惨(せいさん)な事件についての連載だった。事件の衝撃もさることながら、私には記事を書いた記者の、事実の奥底から真実を浮かび上がらせようとする意思を感じた。
記事を読んですぐ、記者に会いに行った。「紙面では書ききれないものがあります」。記事を書いた山寺さんは淡々と話してくれた。丹念に事件を取材し、裁判を傍聴し、少年と何度も面会を繰り返して、この事件が抱える真実に迫ろうとする掛値(かけね)のない意気込み。『誰もボクを見ていない』は、こうして生まれた。
山寺さんは服役中の元少年と現在も真摯(しんし)に向き合い続けている。少年犯罪、幼児虐待、貧困。社会が抱える深い闇に、ほんの少しでも光を照らす役割を本書が担えていることを切に願う。=朝日新聞2021年9月1日掲載
◇よしかわ・けんじろう 74年生まれ。ポプラ社・文芸編集部。