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「光琳、富士を描く!」書評 ズバズバ核心に触れ真筆と宣言

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月18日
光琳、富士を描く! 幻の名作『富士三壺図屛風』のすべて 著者:小林 忠 出版社:小学館 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784096823576
発売⽇: 2021/07/16
サイズ: 26cm/111p

「光琳、富士を描く!」 [著]小林忠

 この本の絶対的魅力を最初に言っちゃおう。冒頭いきなり「富士三壺図屛風(ふじさんこずびょうぶ)」こそ「日本美術史上の名作」と、真贋(しんがん)の臆測や疑念をはねのけて「真筆」だと宣言してしまう。江戸の絵画研究の第一人者、コバチュウ先生こと小林忠先生の驚異の科学的推理と心眼的論証によって、まるで光琳の魂が乗り移ったかのように、美術史の皮膚を一枚一枚剝がしながら、ズバズバと核心に触れていく。そのミステリー感覚の爽快さは、本書の趣旨である真贋の解明を超えて面白い(勉強になる)。
 日本美術の伝統に「模写」がある。尾形光琳を語る上で避けられないのは彼の模写の創造性である。光琳の「風神雷神」は宗達の「風神雷神」のパクりであることは有名だ。先人の作品を模写するという継承スタイルをまず念頭に置いていただきたい。模写によって先人に近づき、超えていく継承の論理が実は、この「富士三壺図屛風」の謎を解くキーになるのである。
 コバチュウ先生はややこしいことを言う前に、ずばり、のっけからこの作品について「まずは絶景!“光琳の富士”をご堪能あれ!」と、幻もへったくれもなく、既に決着がついたかのように「本物」だと決めつけてしまう。この自信こそ信頼できるのである。
 まずは「富士三壺図屛風」に描かれた富士がそもそも問題なのである。光琳以前に、宗達でもいい、誰か先人がこの屛風の富士を連想する作品を描いていれば謎が謎を呼ぶこともない。富士のモデルが光琳以前に見当たらないことが、この屛風の真贋をややこしくしているのである。
 だからミステリーが生まれて「富士三壺図屛風」が神秘の存在になっている。先人の作品からの継承があればすんなり解明できるところが、どうもここに描かれた富士には前例がなく、オリジナルだけに真贋の問題が発生したわけだが、光琳以外に誰がこんな富士を描こうか!
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こばやし・ただし 1941年生まれ。美術史家、学習院大名誉教授。『江戸絵画史論』でサントリー学芸賞。