表社会と裏社会の境界線上で、人間関係のもめ事を処理してきた問題解決人の回想記である。
長野県の片田舎の番長が警視庁で機動隊員になり、世間をにぎわせた渋谷ライフル銃事件で犯人をとりおさえる。退職後は政治家秦野章の秘書となり、人脈と胆力を武器に実業界へ進出、いつしか、あいつに頼めば全部なんとかしてくれると囁(ささや)かれる存在になってゆく。政界、警察、芸能界の大物から、ヤクザの親分や銀座のママが登場し、時代の裏話が語られる。
読ませどころはバブル紳士たちの人物像だろう。「コスモポリタン」の池田保次、許永中や伊藤寿永光といったイトマン事件の主役、マムシとよばれた「アイチ」の森下安道等々、八〇年代の日本を食い物にした大物が、裏社会の暗がりからぬっとあらわれ、ひと時の光を浴び、銭あぶくとともに闇に消える。著者もバブルのプレーヤーだっただけに、彼らとは、深い利害とつき合いがあった。だから、この本で語られるのは、新聞や裁判の判決文に記された公式的な記述とはちがう素顔のエピソードだ。
徹底的な浮沈と性格の破綻(はたん)。その姿を見ると、いったい人間とは何なのかと考えざるをえない。時代の徒花(あだばな)だと切りすてることも、単純に悪だと断罪することもできない、過剰な何かがそこにある。象徴的なのが“兜町の風雲児”中江滋樹のひと言だ。詐欺罪で服役後に仕手筋として復活した中江は、名門企業を食い散らかした揚げ句に失踪。ヤクザに追われて死んだと思ったら、突然著者の前に姿をあらわし、こう言った。「気が触れたということにしなければ、片が付かないし、殺されてしまうんですよ」。そのとき彼にはどんな風景が見えていたのだろう。
すべて墓場にもっていくつもりだったが大病を機に執筆したと著者はいう。人間どもの生き様を伝えることが最後の責務だと思い至ったのかもしれない。=朝日新聞2021年9月18日掲載
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講談社・1980円=6刷4万部。5月刊。政財官に人脈を築いた著者が、秘話を実名で明かした。編集部には読者から「相談にのってもらいたい」との声も寄せられているという。