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人には作れない 柴崎友香

 今、わたしの部屋の中にある「植物」は、フェイクグリーンと呼ばれる人工のものだ。とてもよくできていて、遠目にはまず本物に見える。

 一人暮らしを始めた際、観葉植物を育てようとしたのだが、水をやりすぎて根腐れしたり壁掛けタイプなのに明後日の方向に伸びすぎて収拾がつかなくなったり、自分には難しかった。

 数年前に人工の多肉植物の小さいのを買った。ときどき本物だと思い込んで水をやっていたという人もいるくらい、リアルな造形だ。エアプランツ系やシダ系など種類も豊富で、これなら世話や片付けが苦手なわたしでも部屋のインテリアとしていい感じに置ける、と増やしていった。

 フェイクグリーンのいいところは、まず軽いこと。重い植木鉢を移動させてうっかり床に傷がつくこともない。鉢も土もなくていい。それから、水を使わないので、大量の本と紙に占領されている部屋ではとても助かる。他の雑貨と組み合わせて飾ったりもして、楽しんでいる。

 しかし、足りないものもある。特に昨年から外に出る機会が少なくなり、限られた風景しか見られない中で、人間は自然のものを見る時間が必要だという記事を読んだり、自分でも切実に思ったりした。自分の部屋から見られる自然のもの、つまり人が作ったのではないものは、空と雲、それと建物の隙間にちらっと見える街路樹くらいだ。

 空と雲が特にそうだが、長時間眺めて、ぼんやりしていられる。たぶん、そういう頭を休める時間、情報とかごちゃごちゃしたものから離れる時間が必要なんだと思う。

 部屋には、生き残った観葉植物もいくつかある。その葉っぱはじーっと見ていられるのに、フェイクのほうはよくできていても長く眺めるには向いていない。生きている葉っぱも雲や空の色みたいに変化があるわけではないのに、なにかが全然違うのだ。その「なにか」は、人間には作り出せないのだと思う。=朝日新聞2021年9月22日掲載