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「アカデミアを離れてみたら」書評 社会を変革するロールモデルに

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月25日
アカデミアを離れてみたら 博士、道なき道をゆく 著者:岩波書店編集部 出版社:岩波書店 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784000614832
発売⽇: 2021/08/06
サイズ: 19cm/238p

「アカデミアを離れてみたら」 [編]岩波書店編集部

 末は博士か大臣か。かつては勝ち組の象徴とされていた両者を見る目は、いまや完全に様変わりした。
 大臣の発言や振る舞いが連日のように国民に嘲笑され続ける。せっかく博士号を取得しても、その専門性を生かせる職業が限られており、不安定なイバラの道を歩む可能性が高い。
 この不幸な現状の打破には、我々自身の意識改革(投票行動および博士号取得者の活用)が不可欠だ。
 本書は、博士号取得者21人が狭い意味でのアカデミア(公的機関での研究職)を離れた後の人生をたどり、「博士号」の意義と、それが広く社会に貢献しつつある実例を紹介する。
 ただでさえ少ない常勤研究職の数はさらに減少し続けており、博士号取得者の大半は狭い意味でのアカデミアには残れない。これは最近問題となっている日本の科学・技術力低下の要因であり、是正が必要だ。
 その一方、博士号取得者がアカデミア以外で活躍できる社会でない限り、日本の国際的地位は確実に没落する。博士号をもたない企業代表、政治家、官僚が外国と対等に渡り合うのが困難な時代となりつつある。
 企業での研究や開発はもちろん、翻訳者、研究機関広報担当、文部科学省行政官、報道記者、弁理士、指揮者・作曲家に至るまで、本書で紹介される方々の活躍の場は実に多様だ。
 アフリカツメガエルの受精卵研究で学位取得後、対馬に移住して島おこし。南極越冬隊で地球内部構造を研究して学位を取りメーカーに就職、2度目の南極越冬隊を経て農業に従事。お二人の女性の勇気とたくましさには圧倒されるのみ。
 本書に登場する21人は、博士号取得者がアカデミアのみならず社会を変革する力を持つことを示すロールモデルである。丸11年間博士研究員をした後、民間でデータ分析を行っている方は「アカデミアで過ごした時間はひとつも無駄ではなかった」と言う。今こそ末は博士の時代なのだ。
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著者は主に30~40代。岩波書店のウェブ連載「アカデミアを離れてみたら」(2020年4月~21年4月)を編集。