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「わたしのおとうさんのりゅう」書評 「生き延びろ」父の伝言を胸に

評者: 石井美保 / 朝⽇新聞掲載:2026年01月10日
わたしのおとうさんのりゅう 著者:伊藤比呂美 出版社:左右社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784865284911
発売⽇: 2025/10/17
サイズ: 18.8×2cm/280p

「わたしのおとうさんのりゅう」 [著]伊藤比呂美

 幼い頃の著者の、本との出会いから本書は始まる。印刷屋で働いていた父が、校正刷りを読み聞かせてくれた『エルマーのぼうけん』。幼い頃に夢中になったその本を、長じて英語で読み直した著者はあることに気がつく。この本は、娘が書いた父の物語だったのだ。父への愛と、複雑な思いのこもった。
 本書もまた、娘の描く父の物語だ。知的で魅力的で、大好きな父。その全身は鮮やかな刺青で彩られていた。断片的な語りを手がかりに、著者は父の過去を探ってゆく。
 戦時中、陸軍飛行学校に入校し、特攻隊の教官を務めていた父。戦後、彼はやくざだった義兄の右腕として名を馳(は)せるが、やがて足を洗って下町に引っ込んだ。
 昔のことを話す父の、飄々(ひょうひょう)とした語り口。
 「みんな死んじゃった。特攻隊で」
 「俺たちは、ぷーんと飛行機で飛んで逃げて」
 そこに潜むものは過去への悔いなのか、怒りなのか、諦念(ていねん)なのか。
 同時に娘は、戦後の父のありように、戦時中との連続性をみる。特攻隊の教官、やくざの兄貴分、そして工場長として、彼はいつも目下の者に慕われ、親子のような関係性を築いていた。それは、父自身が「親方日の丸」と呼んでいたような、戦前の国家と臣民の関係にも重なる。
 そうやって子を庇護(ひご)する家長を演じていた父から、娘は正反対のメッセージを受けとってもいた――彼の与えてくれた児童書を通して。家から出て行け。逃げろ。闘え。
 根底にあるのは、本を作った大人たちの戦争体験だ。それはまた、我が身を引き裂くような父の愛、どうあっても生き延びろという伝言だった。
 そしていま、父について語ることで、娘は彼への思いを昇華しようとする。『エルマーのぼうけん』の著者のように。
 わたしのおとうさんのりゅう。父の背中の刺青には、もしかしたら、一匹の竜が潜んでいたのかもしれない。
    ◇
いとう・ひろみ 1955年生まれ。詩人、小説家。『河原荒草』で高見順賞、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞。