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本屋ロカンタン(兵庫) 見知らぬ神戸の街で再出発。今も自宅の一室が本屋です

 この連載で一度訪ねた店は、個人的に再訪することはあっても、また紹介することはほぼない。例外として本屋lighthouseの関口竜平さんに会いにいったことはあるが、それは店の移転に加えて、著書『ユートピアとしての本屋』(大月書店) のインタビューをしようと思ったからだ。ご無沙汰したまま、閉店してしまった店もいくつかある。

 しかし今回は、お久しぶりの方を訪ねることにした。本屋ロカンタンの萩野亮さんである。

本屋ロカンタン(東京) 自宅の一室が本屋。38歳店主の、山あり谷あり人生に本あり

 2023年まで西荻窪にあった店は、2024年10月に兵庫県神戸市の新長田に移転オープンした。実は新長田にはずっと行ってみたいと思っていた平壌冷麺の店がある。ちょうど別件取材が入ったので、萩野さんのところにも行ってみることにした。

 新長田界隈に行くのは実に10年ぶり。今回は1駅隣の地下鉄駒ヶ林駅で下車すると、商店街には三国志テイストがあふれていた。阪神大震災の被害が甚大だった街だけれど、新長田駅近くの公園に設置された鉄人28号のモニュメントを始め、今も地域として横山光輝作品を復興のシンボルにしているようだ。

 商店街を抜けて5分程度歩く。あっ、集合住宅の2階バルコニーに、懐かしの嘔吐キャラが見えるではないか!

白い建物の2階に見える、ロカンタンのシンボル。

 階段を上がって店に入る。前よりもちょっと広くなったのでは? お久しぶりの萩野さんにそう言うと「天井を抜いていて圧迫感がないから広く見えるけれど、以前と同じぐらいです」と返ってきた。

 確か萩野さんは奈良県出身。神戸に知り合いがいたり、何か縁があったりしたのだろうか?

「めちゃくちゃよく聞かれるんですけど、縁もゆかりもないんです」

店主の萩野亮さん。以前より表情が柔らかくなった気がした。

知らないところに行きたい性分

 萩野さんは2020年1月にオープンした西荻窪の本屋ロカンタンを、丸3年経った2023年1月に閉店した。その年の暮れに父親が亡くなり、母親も高齢になっていた。帰省するつもりで都内の別のアパートに移り、ぼんやりと東京から去ることを考えながら通販のみ続けていたものの、奈良に移転するイメージは全くなかったそうだ。

「車も運転免許も持っていないし、暮らしながら本屋を続けたいと思っていたので、それなら関西の都市部がいいと思いました。でも大阪や京都市内で物件を探しても、なかなかピンとくる場所がなかったんです。どうしたものかと思った時に、神戸って選択肢もあるなと、ひらめくものがありました。実家にいたころは梅田より西に行ったことがなかったのですが、何より気候が良さそうだった」

 皮膚と神経の病と付き合い続け、「治る」をゴールにせず、車谷長吉が言うところの「業柱」を抱きしめながら生きている萩野さんにとって、瀬戸内海に面した穏やかな気候と、都会でありながら近くに海と山がある神戸は魅力的に映った。

「それに、これは性分ですが、知ってるところより、知らない場所に行きたいんですよね」

西荻窪時代の資材を活かし、雑然と見えつつもすっきりまとまっている。

 西荻窪時代にもお世話になったサイト「東京R不動産」の神戸版があったので、つらつらと検索していると、今の物件が見つかった。築60年の梁のある空間は二間になっていて、奥にはキッチンを備えた8畳の私室と独立洗面台、そしてお風呂まである。なのに家賃は西荻窪時代よりぐんと下がる。なんというグレードアップ!

「はじめは新長田が神戸のどのあたりかも知らなかったのですが、地図を広げてみるとすぐそばに神戸映画資料館があり、それでお店をやるイメージがぐっと湧きました。ここなら合わせて寄ってもらえる、と思ったんです」

 映画批評家でもある萩野さんにとって、映画資料館が歩いていける距離にあるのは、この上なく良い環境だった。もともとは居室だったものをアーティスト・イン・レジデンスのために改装したスペースで、つい先日工事を終えた1階部分がいまは滞在制作のための空間になっている。物件のオーナーはガラス工芸のアーティストで、作家活動をしながら新長田で教室を営んでいる。年齢もほとんど同じ。すべて入居したあとに知ったことだったと、萩野さんは語る。

「新長田ってもともと靴産業など物作りがさかんだった町ですが、いまもものすごくクリエイティブです。わけのわからなさを抱えた独自のセンスとエネルギーがあって、DIY精神にあふれています。2年に一度開催される『下町芸術祭』も、たとえば著名なアーティストを招聘するようなことはしない。地域の生活者がそのまま出展者です」

「近くのふたば学舎では、『ふたばZINEフェス』をはじめ、つねに催事が組まれています。新長田の人たちは、いつも自然と集まっておもろいことをやっています。最初は自分のようなよそ者が来て大丈夫かなと思っていましたが、まったくの杞憂でした。寛容なんです。通りを中国系やベトナム系、インド系の人たちが、母国の歌を歌いながら自転車で滑走している。子どもたちものびのび育っている様子で、やんちゃで元気です。いまではイベントに出店する際など、地域の人が店番を代わってくれることもあります」

西荻窪時代に人気だった、怪しくない程度のスピリチュアルや占い関連も、小規模ながら置かれている。

すぐ解体して逃げられる?

 西荻窪時代の萩野さんは、閉店後は平台を移動させたスペースに布団を敷いて寝ていた。トイレはあるけどお風呂は近くの銭湯と、まさに住みびらき状態だった。「どう考えても無理していた」と当時を振り返って萩野さんは苦笑するけれど、「私的所有の放棄」の精神は、今も絶賛継続中だ。

「とはいえ在庫はすべて買い切りなので、そういう意味では財産を所有していると言えますね」 

 現在の在庫は約1000冊で、新刊と古本は8:2の割合になっている。古本は萩野さんの私物で、新刊も反資本主義をはじめ「必要なもの以外は置かない」姿勢を継続中だ。本棚と床材は西荻窪から持ってきたものをそのまま使い、天井のライトも自分でつけた。だから「何かに追われてもすぐに解体して持って逃げられる」と言うが、さすがに本1000冊は車なしでは厳しい気もする。西荻窪時代よりも文芸書がよく売れるそうで、地域のニーズに合わせたジャンルにも果敢に挑戦している。

「常連のひとりに中学生がいて、強力な事件ノンフィクションを買っていくんですよ。神戸市内はもちろん、明石や加古川からもお客さんが見えます。本屋も、映画館も、美術館も、とくに京阪神は一円です。数が限られていますから。好きなものを求めて日常的に移動する。それが東京の都心部の暮らしとは違うところでしょうね」

2階の内廊下に面しているので、窓を明け放すことができる。

 オープンして1年経ったが、想像していた以上に楽しい日々を送っていると萩野さんは言う。震災以降、長田界隈は過疎化が進んだと言われる。訪れた日は平日の昼間だったこともあり、確かに街を歩く人はまばらだった。しかしロカンタンの近くにある、1918年に開場した丸五市場は「丸五アジア横丁ナイト屋台」というイベントを開催していて賑わいを取り戻そうとしていると、萩野さんが教えてくれた。

「『コモンの「自治」論』(集英社)という本をお客さんとの立ち話の流れでよく勧めるのですが、長田やとなりの兵庫区といった下町の人たちは、『自治』や『コモン』(共有地)の意識をごく自然に持っている気がします。顔が見える範囲で生活が成り立っていて、行政も身近です。都市の規模としてちょうどよいのかもしれません。先日、鳥取大学の社会学の先生がいらして、新長田を対象にした研究プロジェクトが進んでいると聞き、おどろくと同時に納得しました。やっぱりここでは、まだ言語化されていないおもろいことが起きているんです」

 関東に比べて冷え込みがマイルドな土地柄のおかげか、萩野さんは少しずつ体調も良くなってきていて、「よく生きてきたな」とも思っている。頑張らずに生き延びる、「働いて働いて働いて働いて働いて」の真逆の、「優雅に働かずに生き延びる」ことが、生きる上でのテーマだ。

「労働は美徳であってかまいません。ただ、労働に価する『能力』で人間が評価され、格差が生まれる社会を正しいと思いません。私はなるべく働かず、なるべく所有しない生き方を望んでいます。知らずしらずのうちに不正義に加担してしまっていることは、おそらく避けられない。だから『なるべく』なんです。私はたまたまこの町に行き着いただけですが、ここではそういう暮らしも自然に成り立つような気がしています」 

 たまたま行き着いた場所で「なるべく」働かずに生きる。何もかもが自由で、ちょっと憧れてしまう。

関西や神戸に関する本やZineが置かれているのが、以前と違う点。

  この日、お目当ての平壌冷麺は、なんと定休日。でもまた新長田に来る口実ができた。ちょうどランチタイムに差しかかったので、一度別れを告げて萩野さん行きつけの町中華に行ってみる。このご時世にありがたい400円のラーメン、ではなく550円のチャーハンを注文すると、私好みの薄味すぎず濃すぎでもない、絶妙な味加減のチャーハンがやってきた。地域猫も出入りしていて、これまた嬉しい限り。

 もうすぐ31回目の「1・17」がやってくる神戸市長田区は、一歩踏み込めば滋味あふれる界隈でもあった。萩野さんを通して私もこの街のことを、もっと知りたいと思う。

物件オーナーであるガラス作家の作品も飾られている。

萩野さんが選ぶ、世界のどこにいても読みたくなる3冊

●『朝のピアノ——或る美学者の『愛と生の日記』』キム・ジニョン著、小笠原藤子訳 (CEメディアハウス)
 着実に死へと向かってゆく身体と、研ぎ澄まされてゆく精神が、交叉する一点で文体を生んでいる。詩であり、生の記録である。ハングルを学んだら、まっさきに原書を読みたいのはこの本です。

●『ガザ・キッチン——パレスチナ料理をめぐる旅』マギー・シュミット、ライラー・エル=ハッダード著、岡真理監修 (オレンジページ)
 ガザの家庭料理の、湯気の奥から歴史と暮らしが見えてくるすばらしい構成。いま、彼の地で何が奪われ、何が破壊されているのか。季節の彩りゆたかな思いおもいのシチューやスープに、ただ想像力が試されている。

●『資本主義はなぜ私たちを幸せにしないのか』ナンシー・フレイザー著、江口泰子訳 (ちくま新書)
 人種差別、性差別、種差別、そして環境破壊が、資本主義の根源的な収奪を可能にする、その歴史的構造を明快に解く。各論を一本のラインでつなぐきわめて重要な仕事をしている。高等教育でふれられてほしい一冊です。

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