1. HOME
  2. コラム
  3. となりの乗客
  4. 祖母の毛糸 津村記久子

祖母の毛糸 津村記久子

 最近、十センチ平方ぐらいの四角い何かを表編みすることが自分の中ではやっていて、たくさん作っている。最初はアクリルタワシを作っているつもりだったけれども、洗ったばかりの食器から水気を取るための簡単なクロスにしたり、コースター代わりにしたりとそれなりに用途は広い。アクリルタワシとしても、食器以外に流しやガス台、洗面台や風呂も洗ったりできる。

 最初は、休みの日に字幕のドラマを観(み)ていて、集中力が途切れるたびに携帯で何か記事を読もうとするのがいやだったので、単純に手をふさぐために始めた。表編みしかやらないのは、手元を大して見なくても編めるからだ。ひたすら指に掛けた糸を棒の先でほじくる作業は、顔をしかめて記事を読むよりもドラマのお供としては向いていた。

 毛糸には、〈マルチカラー〉や〈段染め〉と言われる、一本の毛糸が何色かの違う色で染められた種類のものがある。あまり目的のない編み物をやるようになってから、自分は、ただ編んでいる分には一色の毛糸より何色かで染められた毛糸を使った方が楽しく感じるということに気が付いた。けっこう顕著に、同じ色だと単調に感じるのだ。その点〈マルチカラー〉は、次にほじくる糸が何色かわからないちょっとした驚きがある。

 祖母が亡くなる少し前に、しばらくやらなくなっていた編み物を再開していたことを思い出す。祖母は編み物が上手な人だったが、なぜか最後は用途のわからないただの小さな四角い物を編んでいた。ただ、その毛糸はいろんな色を使っていてとてもきれいだったことを覚えている。祖母のその行動がずっと不思議だったけれども、自分で「ただ手を動かしたい」「この毛糸がどういう感じで色が出るのか見てみたい」という究極に単純な理由で編むようになって、祖母がなぜあんなことをしていたのかがわかったような気がした。その毛糸すごく色がきれいだね、と今はただ祖母に言いたい。=朝日新聞2021年9月29日掲載