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森村誠一「老いる意味」 うつ病を克服し、人生の「第二の始発駅」説く

 森村誠一が2011年、『悪道』で吉川英治文学賞を受賞した時、「これからまだ50冊を書く」と宣言した。作家生活45年、当時78歳、戦後最大のミステリー作家ならそれも可能だろうと思った。何よりも受賞作は仕掛けと驚きのある実に生き生きとした時代小説で、衰えなど全く感じさせなかったからだ。

 だがそれから4年後、多忙な暮らしによるものか、森村は老人性鬱(うつ)病にかかり、同時に認知症の疑いもかけられる。その闘病を描く第1章が凄絶(せいぜつ)だ。「毎日がこれほど苦しいとはおもいませんでした。……明日が見えません」と嘆き、同じ頃、言葉が出てこないことに気づく。そこで森村は、思い出せない言葉・思い出した言葉(例えば「奇想天外」「漢方薬」「書きおろし」「文庫」など)を新聞のチラシの裏などに書き、それを家中に貼りまくる(写真が掲載されているが凄〈すさ〉まじい光景だ)。

 必死だったのは小説を書きたい気持ちが強かったからだが、闘いは長く辛(つら)く、食欲も失せて、体重は40キロを切ってしまう。結局、森村は3年かかって鬱病を克服するのだが、その闘病があるからこそ、老いの意味を未来にむけて問いかける第2章以降が説得力をもつ。

 「過去に目を向ければ、いまの自分がいちばん年老いているが、未来に目を向ければ、いまの自分がいちばん若い」、「人生百年時代」においては、老後は人生の終着駅ではなく、人生における「第二の始発駅」だ、ゼロから始まると考えていい。続編やエピローグではなく、「新章」にすればいいのだ、と。

 もちろん順調ではなく病気もするし家族や友人も亡くすし、孤独を味わうこともある。だが森村は、人、文化、場所(旅など)との出会いを増やせという。出会いは「いわば未知との遭遇」であり、「未来の可能性は無限に広がる」と説くのだ。

 このように至るところに新鮮な箴言(しんげん)があり、それが何とも力強い。老いることの勇気を与えてくれる座右の書だろう。=朝日新聞2021年10月2日掲載

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 中公新書ラクレ・924円=9刷15万8千部。2月刊。読者層の中心は70代で、新聞広告を続けたところ「多くの書店で新書ランキング1位を獲得し、徐々に版を重ねた」と版元。