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「映画の旅びと」書評 世界の先端走る監督たちと共に

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月16日
映画の旅びと イランから日本へ 著者:ショーレ・ゴルパリアン 出版社:みすず書房 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784622090335
発売⽇: 2021/09/03
サイズ: 20cm/269p

「映画の旅びと」 [著]ショーレ・ゴルパリアン

 映画業界でショーレ・ゴルパリアンさんの名前を知らない人間はめったにいない。イランに生まれ育った彼女は今、字幕の翻訳から合作のプロデュースまで、イラン映画に関する仕事を一手に引き受けている。
 ショーレさんの名がこれほど知られているのは他でもない。この30年ほど、イラン映画が世界の先端を走り続けているからだ。彼女は著名監督のほとんどに関わっている。本書は彼女の自伝の体裁を取るが、イラン映画史についての血の通った俯瞰(ふかん)にもなっている。
 アッバス・キアロスタミ監督の「友だちのうちはどこ?」が日本公開されたのが1993年。少年の切なすぎる表情に観客はKOされた。彼の映画は自然な印象を与えるが、ショーレさんは「実は全部計算されています」と言い、その秘密を解き明かす。彼の手法をまねる若手は多いが、彼の画面には「哲学があって、それはまねできません」。
 ナデリやマフマルバフ、ゴバディ、そして最も新しい巨匠アスガー・ファルハディまで、浅い交流ではとても書けない話が次々披露される。しかし、やはり圧倒的に面白いのはキアロスタミのエピソードだ。
 その内容は決して愉快なものばかりではない。彼が日本で「ライク・サムワン・イン・ラブ」を撮影した時の惨状の何と強烈なことか! それについては本書を読んでいただくとして、ここでは彼が97年東京国際映画祭で審査員を務めた時の話を紹介しておきたい。
 審査員長は独善的で、反対意見を暴力的に封じ込める。別の審査員はずっといびきをかいている(本書ではいずれも実名!)。キアロスタミは悟る。「今までもらった賞は意味がない。もらっていない賞も意味がない。ぜんぶだめだ」と。
 映画祭の取材をしていると、受賞結果に疑問を感じることが多々あるのだが、やはりそうだったのか。思わずひざを打った。そして唐突にキアロスタミの映画が見たくなった。
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Shohreh Golparian 映画プロデューサー、翻訳家。東京芸術大特任助教。共著に『アジア映画で〈世界〉を見る』。