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末國善己さん注目の歴史・時代小説3冊 日本が進むべき道を問う

  • 邯鄲(かんたん)の島遥(はる)かなり
  • 真・慶安太平記
  • 幻月と探偵

 貫井徳郎『邯鄲(かんたん)の島遥(はる)かなり』は、伊豆大島をモデルにした神生島(かみおじま)を舞台に、明治から令和に至る日本の近現代史を一七の物語でたどる大作である。

 島民の尊敬を集める一ノ屋の男・松造(通称イチマツ)が、徳川方で参加した戊辰戦争から帰ってきた。美男子のイチマツは次々と女性たちを魅了し、生まれた多くの子供と子孫には同じ形の痣(あざ)が受け継がれた。イチマツの後裔(こうえい)は、富国強兵の時代に巨大企業の礎を築き、女性解放運動を進め、第一回の男子普通選挙に立候補し、先の大戦中に子供たちを見守り、甲子園を目指し、噴火で全島避難を経験するなど島で歴史のポイントにかかわっていく。

 各章ごとに、ビジネス、政治、恋愛、ミステリー、スポ根などジャンルが変わり、悲惨な事件が発生しても全体にそこはかとないユーモアが漂っているので暗くなり過ぎることがなく、気持ちよく読み進められるはずだ。

 神生島は、島国日本の象徴のように位置付けられているので、歴史を総括しつつ、これからの日本が進むべき道を問い掛けているように思えた。大きなテーマだけでなく、自分が今いる場所と時代でどのように生きるべきかという身近な問題も活写されており、主人公たちへの共感も大きいだろう。

 『覇王の番人』以降、歴史時代小説も発表している真保裕一の『真・慶安太平記』は、由比正雪が牢人たちと反乱を計画するも事前に察知された慶安の変を、斬新な解釈で描いている。

 まず主人公が、正雪でも腹心の丸橋忠弥でもなく、徳川三代将軍家光の異母弟・保科正之であることに驚かされた。著者は正之を軸にすることで、家光と側近が、同母弟の松平忠長を始め多くの大名を改易に追い込んだ凄(すさ)まじい謀略戦を活写し、さらに正雪の意外な正体も浮かび上がらせていくので最後までスリリングな展開が楽しめる。

 改易で牢人が増えているのに、その対策より政争を優先する幕府首脳は、現代の政治家に似ている。牢人を守るために立つ正雪と、社会の安定を優先する正之の相克は、何が有効な貧困対策なのかを突き付けているのである。

 歴史を題材にしたミステリーを書き継いでいる伊吹亜門の『幻月と探偵』は、一九三八年の満洲国が舞台だ。

 私立探偵の月寒三四郎は、岸信介に、小柳津(おやいづ)元陸軍中将宅で開かれた晩餐(ばんさん)会後に秘書の瀧山秀一が急死した事件の調査を頼まれた。月寒は、瀧山の婚約者で元中将の孫娘・千代子と事件を追うが、第二、第三の殺人が起こる。

 史実をからめ、この時代の満洲国でしか成立しないロジックと動機を作り上げたのは圧巻で、日本の拡張主義の欺瞞(ぎまん)に切り込んだのも鮮やかである。=朝日新聞2021年10月27日掲載