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「私のいない部屋」書評 若き日の心細さ 飾らぬ言葉で

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月30日
私のいない部屋 著者:レベッカ・ソルニット 出版社:左右社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784865280463
発売⽇:
サイズ: 20cm/301p

「私のいない部屋」 [著]レベッカ・ソルニット

 ソルニットの仕事は続々と邦訳され、日本にも浸透している。たとえ彼女の名を知らずとも、「災害ユートピア」や「マンスプレイニング」の概念に、あれかと思い当たる人はいるだろう。世界的広がりを見せた#MeToo運動の下地を作った、フェミニズムのアクティヴィストでもある。
 聡明(そうめい)で歯切れよい語り口、哲学から歴史、社会学を横断する独自のテーマ設定、うかがわせる教養。どこをとっても弱点のなさそうな彼女だが、本書ではまだ何者でもなかった若き日の心細さを、飾らない言葉で回想していく。
 暴力的な父から逃れて10代で経済的に自立し、サンフランシスコの黒人居住地区にある、光あふれる部屋を借りたこと。パンクロックに心酔し、安ホテルの清掃係兼フロント係をしながら勉学に励んだこと。全米屈指の美術館のバイトで修了論文の題材と出あい、文筆を始めたこと……。
 なかでも女友達にもらった書き物机についてのエピソードは強烈だ。その友人はかつての恋人から恨まれ15回刺されて瀕死(ひんし)となるも、男は罪科も問われず彼女のほうが移住した。その後届いた机に、ソルニットは、女性が強いられてきた沈黙から自分たちを解放し、奪われてきた言葉を取り戻すと誓う。「彼女がくれた机は私の声のプラットフォームになった」
 以降彼女はその机で書きに書いた。社会の不寛容と不平等を。夜に歩ける特権のことを。個人的体験を端緒に思考を深めていくソルニットのスタイルが確立したのは、彼女が恐怖や屈辱の記憶をなかったことにはせず、未来を変革しようと自分の身体を張ってきたからだ。あなたが重んじられる存在となれば言葉は証言となる、との本書のなかの一節は、(ソルニットもかつてそうだった)自己を否定しがちな若者への、力強い励ましの意味を持つ。
 フェミニズムとは、本来すべての性に開かれているのだとよくわかる一冊だ。
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Rebecca Solnit 1961年生まれ。米国の作家、歴史家。『災害ユートピア』『説教したがる男たち』など。