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「ホロコースト最年少生存者たち」書評 子どもの傷と物語 歴史に刻む

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月06日
ホロコースト最年少生存者たち 100人の物語からたどるその後の生活 著者:レベッカ・クリフォード 出版社:柏書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784760153916
発売⽇: 2021/08/26
サイズ: 20cm/429p 図版12p

記憶も、本当の名前も、家族に対する愛着も持ち得なかった者が、「自分の人生」を取り戻すことは可能か。かつて「幸運」とされた10歳以下のホロコースト生存者たちの戦後を、10カ…

「ホロコースト最年少生存者たち」 [著]レベッカ・クリフォード

 ホロコーストを体験した子どもたちの戦後の軌跡を通して、虐殺の真実を浮かび上がらせる。歴史研究の新しい試みである。こういう取り組みがこれまでなかっただけに示唆することがあまりにも多い。
 ヨーロッパ各地からアウシュヴィッツ強制収容所に連れてこられたユダヤ人の子どもは数十万に及ぶ。そのほとんどは到着後すぐに殺害されたという。だが収容所から脱出したり、両親の手引きで収容所送りになる前に難を逃れたりした子どもも少なからず存在する。その数は正確にはわからない。歴史学者の著者は、1935~44年生まれの解放時10歳以下の子どもの多数に取材し、調査資料、精神科医の記録などを収集して彼らの戦後生活史を分析している。
 紹介される個々のエピソードや物語は、記憶をいかに史実化できうるかという歴史的視点の問い直しである。子どもでも記憶が鮮明な者と記憶のない者、あいまいな者と各様に分かれるが、二つの共通点はあるようだ。ひとつは自らの物語を持つこと。もうひとつは現実社会の辛酸を過度に味わっていること。
 収容所から解放されても、「感情的麻痺(まひ)」になっていたり、遊び方を忘れたりしている。また、落ち着きがなく夜尿症が治らない、自らの体験を虚偽をまじえて話す、就寝前に残酷な話を好む、記憶を抑圧する「潜伏期」がある、などの具体例が明かされる。しかし養育先の人間関係によって彼らの心理状態も変化する。こうした実証性が本書の救いである。
 1982年に最初の「幼年時生存者団体」が設立されて以降、その種の団体は4大陸15カ国の53団体にまで増えたという。生存者が自身の体験を「より大きな物語に欠かせない価値ある物語」と見なせるようになった。これが生存者を取り巻く状況を変えたといえる。彼らの体験は人類の貴重な遺産であるというのが率直な感想である。
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Rebecca Clifford 英スウォンジー大准教授(近代ヨーロッパ史)。王立歴史学会フェロー。