1. HOME
  2. 書評
  3. 「犬神家の戸籍」書評 婚外子ばかりの一族の謎を推理

「犬神家の戸籍」書評 婚外子ばかりの一族の謎を推理

評者: 石飛徳樹 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月06日
犬神家の戸籍 「血」と「家」の近代日本 著者:遠藤正敬 出版社:青土社 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784791773954
発売⽇: 2021/10/12
サイズ: 19cm/220,2p

「犬神家の戸籍」 [著]遠藤正敬

 横溝正史作の人気ミステリー『犬神家の一族』は戦後の混乱期、犬神佐兵衛翁の死から始まる。一代で巨富を築いた佐兵衛には、松子・竹子・梅子という婚外子がいる。やがて遺言が発表され、血で血を洗う相続争いを望むかのような恐ろしい内容が明らかになる。
 戸籍の専門家である遠藤正敬さんは、映画でも有名なこの架空の一族を、親族・相続法の見地から微に入り細をうがって分析する。
 彼はまず佐兵衛の死亡時期の特定を試みる。原作は「昭和二×年」だが、登場人物の年齢から判断すると1949年と推定できる。一方、76年の映画版では、47年としている。この2年のずれは大きい。この間に明治民法から新憲法下の民法へと激変するからだ。
 遠藤さんは、犬神家にまつわる戸籍上の謎を次々に提示する。そして金田一耕助よろしく快刀乱麻を断つように名推理を披露する。
 佐兵衛はなぜ犬神という珍しい姓を名乗ったのか。なぜ結婚しないで幾人もの妾(めかけ)を持ったのか。事件の鍵を握る青沼静馬はなぜ戸籍名で呼ばれないのか。そして、横溝はなぜ『犬神家』を始め『八つ墓村』『悪魔の手毬(てまり)唄』など、婚外子というモチーフにこだわるのかという最大の謎――。
 犬神家の戸籍を分析することで見えるのは「『家』と『血』なるものが孕(はら)む矛盾、軋轢(あつれき)、不条理」だ。そして、戸籍の中から婚外子への差別が徐々に消えていく過程が浮かび上がる。それは日本に個人主義が浸透していく過程でもある。しかし、それは成熟にはほど遠い。本書でも言及されているが、選択的夫婦別姓制度という緩やかな改革でさえ、まだ実現していない。
 明治民法施行以前、日本は事実婚主義だった。実は婚外子を始めとする様々な差別は、戸籍が婚姻制度を基本にしていることから生まれるのではないか。一人ひとりが完全に独立した戸籍を持った時、すべての差別が消える。読後、ふとそんな思いにたどり着いた。
    ◇
えんどう・まさたか 1972年生まれ。早稲田大非常勤次席研究員(政治学)。著書に『戸籍と無戸籍』など。