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ブックギャラリーポポタム(東京) カバとコウモリの個人店、国境を越えてつながり広がるアートの宇宙

大林えり子さん(手前)と、学生時代から店に通っていたアルバイトの平井さん(奥)。

 この連載ももうすぐ20回を迎える。これまで街の本屋さんから個人の店まで、北は北海道から西は大阪まで、いろいろな本屋と出会ってきた。店主の個性が反映される個人書店が多めになっているが、ある日ふと「そんな個人書店っていつ頃から増えたのだろう。その先駆けみたいな店ってあるのかな?」という考えがよぎった。

 今回足を運んだ東京・池袋の「ブックギャラリーポポタム」のオープンは、2005年4月。まさに先駆けのひとつだ。

 池袋駅から住宅街を歩くこと約10分。1921年にフランク・ロイド・ライトの設計で建てられた重要文化財の自由学園明日館が途中にあるので、人通りは意外と多い。明日館を少し過ぎて公園の入口を南に折れると、三角形のステンドグラスが埋め込まれた建物が目に入った。

 ポポタム店長の大林えり子さんに「ガラスが印象的ですね」と言うと、もともとはすぐ近くに移転した、ステンドグラス店の工房&店舗だったと教えてくれた。

カラフルなステンドグラスがモザイクのようにはめ込まれている。

「こんな場所で本屋やってどうするの?」

 大学で日本美術史を専攻していた大林さんは、卒業後すぐに子どもが生まれたことから、子育てをしながら書店でアルバイトをしていた。

 卒論のテーマは『こうもり紋様』だったという大林さんは、子育てを機に絵本にハマった。絵本を蒐集するうちに絵本関連のミニコミを手掛けるようになり、絵本雑誌でライターも始めたが、紹介するだけではなく、集めた絵本を手に取れる場所作りを模索するようになった。

 「その頃子どもが『ごたごた荘』という共同保育所に通っていたのですが、その仲間の中に『仕事で独立したいけれど、なかなか場所がない』という人がいて。だから保育所の近くに何人かで店舗兼住宅を借りて『はらっぱハウス』という寄合所を始めて、そこに絵本コーナーを作ったんです」

 仲間とともに約4年間はらっぱハウスを続けるうちに、「自分の本屋を作りたい」という思いが強くなっていった。そんな折に目白にある「切手の博物館」に行ったあと、目白から池袋をぶらぶら歩いていたら、貸し物件と書いてある建物を見つけた。それが今のこの場所だと、大林さんは語った。

 「池袋駅からも目白駅からも歩くので、はじめのうちは『こんな場所で本屋をやってどうするの?』と言われたこともありましたけど、池袋駅周辺には大手書店が何軒もあるので、最初からブックギャラリーにすることを決めていました。イベントスペースがあれば、お客さんが来やすいかなと思ったんです」

店の奥がギャラリースペースになっている。壁や床、本棚は、DIYで作った。

アートブックフェアの出会いから増えた韓国の本

 ごたごた荘の仲間と約3カ月のDIYで作り上げた店は最初、古書がメインだった。「ポポタム」という名前も、カバのポポタムが主人公の童話『名医ポポタムの話』(レオポルド・ショヴォー/福音館書店)にちなんだもので、棚の多くを絵本が占めていた。しかしギャラリーを手掛けるうちに大林さんの興味が広がり、今ではほぼ新刊で、絵本は品揃えの1ジャンルにおさまっている。

 「お店ができていく過程をブログにアップしていたこともあり、『こんなことを自分たちでできるんだ』と面白がってくれたライター仲間や編集者たちが、最初のうちは見に来てくれていました。だから、せっかく来てくれた人たちががっかりしない、一般的な書店の棚ではなかなかお目にかかれないような本は何だろうと。色々試行錯誤していくうちに、イラストや写真などアート系の本が増えていったんです」

ステンドグラス工房時代の名残りが、窓に残っている。

 棚を眺めていくとハングルで『ソウルの銭湯』と書かれた本があった。沐浴湯と呼ばれたソウルの街の銭湯の写真集だった。私がはじめて韓国に行った1990年代半ばには、まだあちこちに沐浴湯があったけど、今ではめっきり少なくなった。しかし、こんな本があったとは。

 この『ソウルの銭湯』は韓国の独立系出版社の「6699press」が手掛けていて、『ソウルの公園』という本も出版していると教えてくれた。ページをめくると空と緑と佇む人たちに彩られた、公園の日常が写し出されている。ああ、旅行したい……。

韓国語専門書店ではないのに、ハングルで書かれた本にスペースが取られている。

 他にも韓国から仕入れた本や、韓国関連の本が結構なボリュームで置かれている。大林さんによれば、2013年に東京アートブックフェアで、ソウルの弘大(ホンデ)の本屋「YOUR MIND」(現在は移転)から本を仕入れた際に、通訳のキム・ラフさんと知り合った。

 韓国にはそれまでは特別に関心はなかったけれど、キムさんを介して韓国の書店関係者とつながりができ、2015年にはポポタムが、ソウル・アートブックフェアに出展する機会に恵まれた。この時に韓国のアートやカルチャーなどにドはまりしたのが、韓国関連の本を増やすきっかけになったそうだ。

 「今は韓国語を習っていますが、その当時はまだ読めなかったんです。だから滞在中は弘大界隈の古本屋に何度も通って、自分のカンを頼りに、良さそうな韓国語の本を集めました」

オープン10周年の時にギャラリーの先輩からもらった、カバのオブジェ。

買う人の判断を信じたいから

 今では韓国語の本を集めるにとどまらない。ポポタムコリア、その名も『ポコタム』というチームを韓国の友人たちと結成して、日本と韓国の作家が参加する本を制作したり、展示やイベントを企画・開催したりしている。大林さんは「女と“何か”」をテーマにしたコミックアンソロジー、『ポポコミ』の編集と発行を手掛けているが、コロナ禍真っただ中だった昨年9月には、韓国語版も発行した。

 またオープンから併設しているギャラリーでは、現在はデザインユニット・コニコとゲスト作家によるグループ展が開催されているが、10月は2012年に亡くなった、芸術家の今井次郎の展示をしていた。ドキュメンタリー映画の公開がきっかけだったが、大林さんは学生時代に、彼がパフォーマンスや音楽などで参加していた『時々自動』という劇団の手伝いをしていた。本屋を始めたことで出会いが広がり、新しい扉が開くと同時に、出会いを形にしていることがよくわかった。

 そんな大林さんが常に気にしていることがある。それは化粧品やサプリで知られるメーカーDHCの会長が人種差別発言をしたことだ。自分の好き嫌い以前に、差別は本当に止めてほしいという願いを込めて、「DHCに差別やめてほしいステッカー」を、オンラインストアで本を注文した人で希望があれば無料配布している。

 「これは別の方が制作したものなのですが、無料で配らずに売ったらいいのにと言われたこともあります。でも個人商店で、不買運動のメッセージで利益を得るのはちょっと違うかなと。何をよしとして何を選ぶかはその人の判断だと思うし、その判断を信じたくて。だから本のオマケにしています」

入口に貼られたステッカーを見て、ほっとする人も多いはず。

カバの店だけど、実はこうもり好き

 現在は大林さんと5人のスタッフが店に立っている。店内を見回すと、カバのオブジェが置かれていた。ポポタムの名にちなんで、カバにまつわるものをたまに誰かからもらうことがある。でも大林さんの興味は、今もずっとこうもりなのだという。

 「最初にこうもり紋様を意識したのは大学生の時に京都で、茶碗にこうもりの絵付けがされているのを見た瞬間でした。『食事をする器に、食とかけ離れたこうもりの絵なんてアリなんだ!』と、びっくりしたんです。店のマークをカバにしたからカバグッズを頂くことがありますが、『こうもり書店』とかにしておけば、こうもりグッズが集まったかなと思うことがあるんですよね(笑)」

 実はこんなのも作っているんですと、大林さんが棚から取り出したZINEのタイトルは『蝙蝠(こうもり)通信』だった。蝙蝠の「蝠」が「福」に似ていることから、中国では吉祥紋様として用いられていて、それが韓国や台湾、日本に伝わり調度品や器などに描かれるようになった。いわば東アジアの幸福のシンボルである蝙蝠を探し、平和への願いにつなげていくコンセプトなのだと教えてくれた。

 こうもりと言えば夕方になると突然飛んできて驚かせるとか、人間サイズまでデカくなって子どもを泣かせるとか、どちらかというとネガティブなイメージしか持っていなかった。でも角度を変えて見てみれば、幸福のシンボルでもあるなんて。

 大林さんと話しているうちに、今まで知らなかったことをいくつも知ることができた。本を介して、昨日とは違う自分になれる。本屋ってそんな場所でもあるんだということも、新たに知ることができた。

 マネートレイに貼られていたこうもりシールがかわいくて、写真に収めることにした。「バットマン」のロゴのようなアングルにしようと思い、くるりと向きを変えると大林さんが「それはそのままで」と言った。

こうもりの向きなんて、それまで気にしたこともなかった……。

 「こうもりの福は上からやってくると言われているので、お客さん側に上を向けているんですよ」

 えっ、こうもりに向きなんてあったんだ! またひとつ、新しいことを知ることができた。今度誰かとこうもりの話になったら、さも自分の知識のように「こうもりの福は上から来るんだよ」と言ってみたい。「なに、急にどうしたの?」って言われそうだけど。

(文・写真:朴順梨)

大林さんが選ぶ3冊

●『MY FAVORITE ASIAN FOOD』スケラッコ、Ae Shoong ほか(合同会社インセクツ)

 7年ほど前から海外のブックフェアに参加するようになりましたが、世界にはおもしろい活動をしている版元や作家さんがいて楽しい気持ちになっています。国境を超えて好きな作家や本に出会うきっかけになる本です。

●『嘘がつけない人 対談と掌篇』小山田浩子+大竹昭子(カタリココ文庫)

 作家の大竹昭子さんのプライベートプレス。シリーズでコンスタントに発行されています。編集に少し関わらせていただいていますが、大竹さんの審美眼、デザインと文字校正の方のプロの仕事にいつも驚いています。

●『今、何してる?』キム・ミンジ、大林えり子、イケガミヨリユキ(pokotame)

 2021年のソウル・アートブックフェアに参加するために企画・制作チーム「pokotame」(ポコタム)を作りました。長年の付き合いのある韓国人アーティストのミンジさんと私の2人の往復書簡です。韓国語と日本語併記で、日本でも販売します。

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