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フルポン村上の俳句修行 チャーハンのスープのように句は燃えて

(左上から時計回りに)仙田洋子さん、村上健志さん、髙田正子さん、岩田由美さん、大西朋さん、辻美奈子さん

実力者による月20句の訓練

 火の鳥のように不死身で、赫々(かくかく)と燃えていく句を作りたい――。そんな思いから生まれた「火の鳥句会」。メンバーは仙田洋子さん、辻美奈子さん、岩田由美さん、髙田正子さん、大西朋さんと、いずれも俳句界の第一線で活躍する5人です。現メンバーでは2、3年前に始まった句会ですが、その前身となるメール句会は2005年からあり、そのときから月1回、当季雑詠で最大20句の投句というスタイルを続けています。

 「俳句の総合誌などから作品の依頼があったときに、すごくたくさん作って、その中から10分の1くらいに絞ったものを出すんです。ということは、月に20句はこの句会に出して、俳句に熟練している人の目を通すっていうひとつの訓練みたいなものを毎月やっていくのがいいんじゃないかと思って」と話すのは、前身の句会の設立メンバーでもある仙田さん。「ここで仲間の目を通すと、活字になるところに出す場合でも『あの人が取ってくれてるから大丈夫』って安心するんですよね。メンバーには偶然、大学の先輩もいるんですが、ガンガンため口で(笑)、何でも遠慮なく言い合える仲なんです」

「火の鳥句会」の仙田洋子さん

 仙田さんが俳句を始めたのは中学3年の、受験を控えた冬。雑誌で俳句の投稿欄を見て「ひょっとしたら私でもできるかな」と思い、投句したら掲載されたのがきっかけだと言います。「高校に行ってからも、校舎の窓からすごくきれいなイチョウの並木道が見えたんですけど、授業を聞かないでそっちの方をノートに書き付けたりとか、そんなことをやってましたね。俳句は一つのものをバサッと切り取るような潔さが好き。『その俳句を詠んだ前と後で世界が変わって見えるようでなければいけない』って誰かが言っていたことがあって、そういう句を作りたいなと思って続けています」

手のひらに、温かい蜜柑

 11月11日午後7時半、オンラインで実施した火の鳥句会に村上さんが参加しました。「そうそうたる人たちが集まると聞いて緊張しておりますが、よろしくお願いいたします」とあいさつする村上さんに、仙田さんが「今日は“黒一点”としてよろしくお願いします」と言うと、髙田さんが「(私たち)年取りすぎじゃないの」と突っ込んで笑いが起こり、空気がゆるみます。今回の提出は10句で、村上さんほか4人の選を集めた最高点句は、髙田正子さんの「てのひらの蜜柑はポケットのぬくさ」でした。

岩田:自分の手のひらに相手のポケットから出てきた蜜柑が乗せられて、それがあったかかった、っていうストーリーが読める。そこに人の交流があるような気がしました。

辻:私は一人だと思ったんですよね。自分のコートのポケットに蜜柑を入れていて、ふつうだと「ポケットの蜜柑はてのひらのぬくさ」という感じだと思うんだけれども、蜜柑を手のひらに出したらポケットの内部と同じ温度になっていたのが、ひねりがあるような気がして。

村上:蜜柑とか、僕は冷たい方がおいしいんですけれども、ポケットに入っていて少しあったかい、物語がある「いい蜜柑だな」と思いましたね。

大西:おもしろいのは、自分の体温を改めて感じるところにあるのかなと思いました。冷たい空気感の中で触った蜜柑が温かかったことに、自分の体温や、渡した人にも自分の体温が伝わるみたいな、そういう微妙な温度が「てのひら」の一語でうまく出されたなと。皮膚感覚を伝える素材として、林檎じゃなくて蜜柑が的確な気がしました。

 続く3点句には、岩田由美さんの「草紅葉踏んで釣師に空広く」「外套に深きポケット昭和の父」と、髙田正子さんの「はつふゆの雨どの屋根も眠るころ」、そして辻美奈子さんの「神様のおまけのやうにうさぎの尾」という、かわいらしい句が選ばれました。「はつふゆ」の句は「三好達治の詩を思わせる」「童話的な表現がおもしろい」と評される一方で、「ころ」の締め方には「なくてもいい」「(句を)甘くしている」という鋭い指摘も。「うさぎの尾」については「とにかくかわいい」。選ばなかった村上さんはその理由を聞かれて、「いっぱい読み返してたら、へりくつ的な自分が出てきて。逆にこんなにかわいいうさぎの尾はおまけではなくて、それ自体が本体なんじゃないか」と言って笑いを誘います。

比喩は大胆に

 その村上さんの句は、「革ジャンと筆箱で席取る二人」に2点、「古本の値札剥がして夜は長し」「チャーハンのスープのごとき秋夕焼」に1点ずつが入りました。実はこの日、最も議論を呼んだのが「チャーハン」の句です。髙田さんは特選で選びました。

髙田:一番よく分からなかったんですよね。「秋夕焼」を、それがきれいだとかさびしいとかパターン化して詠んでるんじゃなくて、「チャーハンのスープみたいだ」ってこの人は言ってるんですよね。これは色のことなのかな? いろいろ考えさせられたんですけど、秋夕焼に対してプラスでもマイナスでもなく、肯定も否定もしないスタンスで向き合ってるんじゃないかなと思って。

辻:私もこの句、惹かれたんですよね。チャーハンのスープって添え物なので、ネギがちょろっと入ってるくらいで、油が浮いてておしまいって感じで。秋の夕焼けってきれいだけど、すぐ終わっちゃうし、その感じと合うのかな?って思ったんだけど、「なんかこの作者狙ってるんじゃないかな?」っていうのが見えちゃって、敬遠しちゃいました(笑)。

岩田:私も気になった句です。つまんない中華料理屋で、添え物のスープで、具がなくってオレンジでべたーっとしてて。秋夕焼なのかな?と思ったんですけど、楽しい句だなと思います。

大西:これ、秋夕焼がいいですよね。冬夕焼とかふつうの夕焼けだったら、「チャーハンのスープのごとき」くらいの味わいが出ないというか。こういう比喩の句は大胆にしなきゃいけないので、おもしろい句なんじゃないかなと思いました。

仙田:秋のものさびしさが、うらぶれたチャーハンのスープに合うのかなとは思うんですが、スープの質感と秋夕焼がちょっと私はピンとこなくて、頭の中にクエスチョンマークが飛び交って終わってしまった。

村上:最近チャーハンを食べ歩きしてるんですけど、チャーハンのスープがすごいきれいで好きなんですよ。でも色と夕焼けを比喩するのはそんなにおもしろくないし、狙っていると言われれば完全に狙ってるんですけど(笑)、でもせっかくだから思い切った比喩をやりたいなと思ってやってみた、という感じではあります。僕はもともと短歌をやってたから、短歌だとこういう飛んだ比喩をするんです。

一同:なるほどねー。

髙田:でも短歌だと、説明とは言いませんけど間に何かが入るから、もうちょっと分かりますよね。

仙田:例えば「チャーハンのスープのごとく淋しくて仰ぎ見たりし秋の夕焼け」とかですよね。

辻:すごい、うまい(笑)。俳句でここまですっ飛ばすと、チャーハンのスープと夕焼けしか取り合わせがないから、非常に怖いんですよね。失敗したときは崖から落ちるような感じになるし。でも比喩のすっ飛び方としてこれはいい例ですよね。

 「このぶっ飛び方をまねしてみようと、ちょっと思ってます。なかなかできなくなっちゃったんだなって気がして。今日はいい刺激になりました」と辻さん。燃えさかる火の鳥句会はチャーハンのスープほどの余韻を残して、終了しました。

半分は影に入りたる花野かな 仙田洋子
揺るることさへ退屈な烏瓜 髙田正子
酉の市口内炎を連れて行く 辻美奈子
秋の蜂掃きまろばせば歩むなり 岩田由美
他人事のやうなる日あり冬の庭 大西朋

句会を終えて、村上さんのコメント

 今回は投句数も多かったんですけど、題がなかったので、イメージというよりは最近見たり体験したりしたものから作りました。チャーハンを食べに行ったのもそうですし、「古本の値札」の句もちょうど古本を読んでて、新品の本って値札がないけど古本だけ値札あるな、って。この句会のために10句作らなきゃってなってから、日常をよく見るようになって、いい刺激になりました。

 みなさんの講評にスピード感がすごくあって、「自分の番が回ってきたらどうしよう」って怖かったんですけど(笑)、すごく的確で、しかも迷いなくおっしゃってたからすごいなと思いました。あと今回の俳句を拝見させていただいて、軽やかでシンプルだけど重厚というか、こういう句を作れるようになりたいなっていう句がたくさんあって、勉強になりました。ありがとうございました!

村上さんの提出10句
秋麗や歯医者に並ぶ歯石とり
かまきりの緑ゴッホの檸檬の黄
古本の値札剥がして夜は長し
浅漬や五年日記を再開す
秋の灯や表札にアオダモの影
革ジャンと筆箱で席取る二人
締切やQの冷きキーボードー
柿の秋剃刀負けの青少年
チャーハンのスープのごとき秋夕焼
靴べらに十一月の朝日かな

【俳句修行は来月に続きます!】