「ウンチして偉いね」「ゲップできたね」
かつては私もそんな言葉をかけてもらっていたのだろうが、今ではすっかり大人になってしまい、日常的な生理現象がきちんと出来たところで、誰も褒めてはくれない。こんなこと、できて当たり前だからだ。
しかし、その「当たり前」の背後には、驚くほど精巧で複雑な仕組みが存在している。椅子から立ち上がれること、走っていてもあまり視界はブレないこと、目をつぶっていても自分の手足の位置を把握できること、体温が36度前後に保たれていること。本書は、普段は意識もしないようなささいなことや、健康ならば誰もができるような簡単な動作を取り上げながら、私たち自身の身体の素晴らしさを教えてくれる解説書である。
冒頭で挙げた排便を例にとると、食べたものが便になるまでの間には、消化液を出す器官、栄養素を吸収しやすくする酵素を分泌する器官など、いくつもの臓器が関わっている。事故で臓器が傷つき、体内に消化液が漏れると、周囲の組織が溶かされてしまうこともあるそうだ。改めて考えてみると、有機物の塊である自分自身の身体を消化することなく、食べものだけを分解・吸収していくというのは、すごい話である。
「過去から未来まで、頭から爪先(つまさき)まで、人体と医学を楽しく俯瞰(ふかん)すること」が目標という著者の言葉通り、本書の中には多様な器官が取り上げられ、同時に医学の発展の歴史についても紹介されている。自分の身体を動かして実験してみたり、おなかがグルグルなる音や心臓の鼓動に耳を澄ましてみたりしながら、自分の体内をぐるりと一周探検するかのような構成だ。
中にはあまりなじみのない臓器もあるかもしれないが、その働きの素晴らしさを知れば、きっと敬意や愛着が湧いてくるはずだ。人体の美しさを存分に堪能したあと、これまでよりも少しだけ、自分の身体を誇らしく思えた。=朝日新聞2021年11月27日掲載
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ダイヤモンド社・1870円=5刷10万部。8月刊。著者は外科医。「コロナ禍で体について考える機会が増え、『自分のこと』として楽しめる本書が支持されている」と担当編集者。