「応答せよ! 絵画者」書評 「外側」を凝視 批判の射程深く
ISBN: 9784834402858
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サイズ: 19cm/269p
「応答せよ! 絵画者」 [著]中村宏 [編]嶋田美子
日本の戦後美術の再評価が国内外でめざましい。特に注目されるのが、社会の変革を掲げた美術運動の系譜だ。本書は、その前衛美術の体現者が、海外の研究者らの質問に答えた回顧と思索の記録である。
1950年代、米軍基地反対闘争に参加して描いた「砂川五番」は、ルポルタージュ絵画の代表作とされる。ただし、縮尺を無視した人物の配置やデフォルメなど、すでに単純な事実描写ではない。絵画でこそ現実を伝え得る方法は何か。モンタージュを取り入れ、探究を続けた軌跡が、カラー図版と合わせた自作解説でよくつかめる。模索は、紋切り型の反戦シンボルを強いる政治党派から自立して、「革命画」を求めたもう一つの闘争だった。
ところが60年代、画面にはセーラー服の一つ目少女が群れをなし、執拗(しつよう)に反復される。従来、この変貌(へんぼう)をどう見るかが、評価の難所だった。評論家の澁澤龍彦や暗黒舞踏の土方巽(ひじかたたつみ)との交流から、アングラ文化の影響は色濃い。だが「軍隊の時代」を知る画家にとり、制服は何よりも画一化を表す恐怖だった。逆に、それに身を包んだ一つ目少女は、蜂起の中で「善良な市民」を脱(ぬ)け出て「化け物化」を遂げる両性具有神のイメージだという。矛盾の衝突に解放への意志を託した道筋が、率直に明かされる。
実作を通じて深められた批判の射程は、絵画論の域を越える。「外のものを徹底的に確認していって、それを内側に転化する」のが絵画だ。この確信は、「内面性」の表れを尊び、「味」やタッチに溺れる、近代以来の日本美術総体を否定して成り立つ。60年代末、社会運動が「奈落の底に落ち」るように退潮する時、著者らは美学校を興す。そこで古典技法の修練を徹底させたのも、流行から超越して時代を凝視する、反時代的な抵抗だった。むしろ今こそリアリズムの「問い直しが必要なのでは」。この挑発に答えるべきは、一人「絵画者」に限られない。
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なかむら・ひろし 1932年生まれ。画家。ルポルタージュ絵画などで知られる。著書に『図画蜂起 1955―2000』など。