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葉真中顕さん新刊『灼熱』インタビュー 内面化される「不敗神話」、日系社会の悲劇

 沖縄生まれの比嘉勇(ひがいさむ)は、12歳でブラジルに移住した。入植先の農村で出会った日系2世、南雲(なぐも)トキオと友情を深め、大人たちから聞かされる神国日本の躍進に愛国心を深めていく。やがて成長した2人は、ブラジルまで届いた玉音放送を正反対の立場で聞いた――。

 「これまでの作品で最も多く資料にあたった。それだけ書くのに調べ物が必要な作品でもあった」と葉真中さん。

 葉真中さんは、「勝ち負け抗争」の背景には、当時の愛国教育によって人々のアイデンティティーと分かちがたく結びついた大日本帝国のイデオロギーがあったと指摘する。

 「日本が負けるはずがないという信念は、負けたらえらいことになるという恐怖感と背中合わせでもあった。大日本帝国はいまの我々からすると失敗国家と言わざるを得ないけれども、当時の人にとって、そのイデオロギーはものすごく切実なものだった」。そうした意識が人々に与える影響を書いてみたかった、という。

 「現代を生きる我々でさえ、日本人だということを捨てられるかというと、相当難しい」と葉真中さんは話し、夏に開かれた東京オリンピック・パラリンピックを引き合いに出した。「国家間におけるメダル獲得競争がよくないという言説がある。私もそう思う。でも、やっぱり日本のチームが出ていたら応援してしまう。アイデンティティーは良い悪いを超えて、自由に選べないところがある」

 日本の不敗神話を信じ込み、アイデンティティーとして内面化してきた勇とトキオ。戦勝派、敗戦派と道がわかれた後も、互いを思うがゆえに友情とイデオロギーの間で引き裂かれ、葛藤する。

 「歴史の動きを、いかに個人の感情や普遍的な人と人とのふれあい、対立とつなげていくか。そこはとても気をつかって書いた。660ページの長さをきっちり読者についてきてもらうにはどうするか、という工夫はたくさんしたつもりです」(興野優平)=朝日新聞2021年12月8日掲載