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能一ニェ・ちんねん「神辺先生の当直ごはん」 命の現場、自炊の温かさがほぐす

 「恥ずかしくない仕事がしたい」と力むほどに、現実が理想を追い抜いてゆく――。悩める新米小児科医・平野の先輩にあたる神辺先生は、デスクで野菜を水耕栽培し、当直室を自宅のように使って自炊する変わり者。しかし、彼が作るおかずと炊き立てのごはんは、夜間診療にあたる当直医の心身を癒やし、前を向くエネルギーへと変える。

 原作者は小児科医。命の現場で交わされるシビアなやりとりもリアルで、いかに彼らが体力的、精神的に削られるかが静かに深く伝わってくる。特に特定の医療行為に不安を抱く親と医師との間に生まれる溝を描いたエピソードが印象に残った。どちらも患者を思う気持ちに嘘(うそ)はない。だからこそ起きる感情のもつれが、温かなごはんを媒介に少しずつほぐれ、互いに歩み寄ってゆく過程が沁(し)みた。

 教科書どおりにいかない現場では、時間や仕事量に追われて視野が狭くなることがある。そんな時、マイペースと呼ばれようと自分の領域を守って生まれる余裕こそが、視野を広げてくれる。ちょっぴり濃い味付けの山かけ丼に時々の野菜を使った炒めもの。自分のご機嫌を取るのが上手(うま)い神辺先生のレシピは、とてつもなく魅力的だ。=朝日新聞2021年12月18日掲載