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大晦日の儚い切手 津村記久子

 去年の大晦日(おおみそか)は、長い間懸案だったガス台を一所懸命磨いた。そして二〇二一年に手紙をくださった読者の方に年賀状を書いた。返事は書けないものの、年賀状ぐらいは書きたいとずっと思っていて、ようやく着手できた。住所のある方だけだったので、全員ではないのだが、とにかくお礼が言えそうだということで満足して、あとはそばを食べて長い間ずっと観(み)れていなかった東京五輪のサッカー女子の決勝の試合を見て年越しをするつもりだった。完璧じゃないか。

 食事の前に、コンビニに切手を買いに行った。はがきの郵送料金を忘れていて「五十二円切手ください」と言って外国人の店員さんを困らせ(すみません)、一度はがきを出してもらって値段を確かめるというアホそうなことまでして切手を買った。「こんな小さい薄い袋に入る儚(はかな)い商品なんて切手ぐらいじゃないだろうか」と感傷に浸りながら、リュックサックのポケットに大事に入れて、帰ってからすぐに取り出して机に置いた。はずだった。

 そばを食べる前に切手を貼ろうとした。ない。ない。ええ? ない。デスクのものを一つ一つ片づけ、近くの床に散らかっていたものも片づけ、リュックサックの中身を全部出して、開けた覚えが全くない引き出しも全部開け、それらを三巡して探した。なかった。暮れの押し迫った時間に激しい自己嫌悪が襲ってくる。どうして自分は大晦日に大事に持ち帰ったものをいきなりなくすのか? 何その人生?

 突然、机の下に切手が現れて驚いた。結局切手は、デスクから落ちて室内用の防寒ブーツの裏にくっついていたのではと思う。薄くて軽すぎてわからなかったのだ。一時間半ほど探した。そばを食べたいと思っていた時間はとっくに過ぎていた。

 完璧じゃないかという思いは消え去り、いつものまぬけな人として新年を迎えた。二〇二二年の目標は「買った切手をなくさない」だ。今年もよろしくお願いします。=朝日新聞2022年1月12日掲載