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きみの宝物をただ見よ 津村記久子

 実家を出て五年になる。必要な本や傍(そば)に置いておかなければ生活できない日用品だけを持って引っ越したので、実家の自分の部屋にはまだ自分が住んでいるのではないかというぐらい物がある。

 実家から持って出るものの中で諦めたものの一つが、展覧会グッズだった。かなりたくさんあるのだが、展覧会は開催時期がはっきりしているせいか、ちゃんと確認するとその時の記憶がよみがえり、ついでに悩みも思い出してしまいそうな恐ろしいような気もして、持ち出しに着手するのを先送りにしていた。

 その一方で「五年以上前に買ったもの」のことを悶々(もんもん)と考えることがあった。その代表が、歌川国芳の〈金魚づくし〉のポストカード九枚セットだ。宴会をしたり、いかだに乗ったり、雨を模したあめんぼうから逃げまどったり、おんぶしたり杖を突いたり、人間がやっていることを金魚がやっている、この上なくかわいい一連の作品が〈金魚づくし〉で、二〇一八年に開催された「江戸の戯画」という展覧会で買った。歌川国芳の作品はそれから何度か観(み)たけれども、自分の知る限りでは〈金魚づくし〉が展覧会で九枚セットで売られていたことはない。

 持ってると思う。でも持っていなかったら落ち込む。そういう思いで、何年もちゃんと探さずにいた。結局〈金魚づくし〉は実家から持ち出していたので、勢いづいたわたしは、実家に他のグッズを探しに行った。自分はいろいろ掘り出し物を買っていたのだが、中でも良かったのは葛飾北斎の〈諸国瀧廻(めぐ)り〉のやはりポストカード八枚セットだった。きりがないから、とある時からやめていたポストカードの専用ファイルへの収納を思い立ち、十年以上ぶりに一連の金魚と一緒にセットしてみた。手元に置いて毎日眺めている。

 小学生の頃は、毎日集めた鉛筆や消しゴムやノートを見直して幸せになっていたのを思い出した。あの気持ちを取り戻したい。中年は、宝物はもう持っている時期なのだろう。=朝日新聞2025年1112日掲載