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フルポン村上の俳句修行 水鳥にネギ畑・・・千葉の八千代で吟行句会

 「本当にいろいろだまされて、俳句をやることになって」。そう言って笑うのは、千葉県八千代市で「八千代句会」を開催する前北かおるさん。前北さんが俳句に出会ったのは慶應義塾志木高校3年生の夏。雑誌を作るという選択授業に参加すると、担当の先生から「みんなあまりにも文章がうまくない」という理由で、長野の志賀高原での合宿に誘われます。「30人くらい行ったんですけど、そこに先生と大学の俳句研究会の先輩が2人現れて、文章なんか一切教えてくれなくて、『今から裏の山に登って俳句を作ろう』ということになって」

 その後も「うちでバーベキューをするから」「大学進学するのに学部の先輩を知っておいた方がいいから」などさまざまな理由で呼び出されて、「行くと毎回俳句だった」と前北さんは振り返ります。極めつきは卒業を控えた3月、奈良で行われた大学の俳句研究会の合宿に参加したとき。「三笠の山に出た月を見ながら、先生が『俺は実はこの4月からパリに1年間留学に行くんだ。その間にみんなが俳句をやめてたらさみしい』って言われて。じゃあやるか、と」

村上さんと前北かおるさん

 それから25年、「俳句なんかやらないで、もっとすてきな人生があったかもしれない」と言いつつ、その先生・本井英さんが主宰する結社「夏潮(なつしお)」で前北さんは俳句を続けています。結社の句会とは別に、学生時代からの仲間の永田泰三さんと自宅で「八千代句会」を始めたのは、2007年9月のこと。お互いの家族を含めたメンバー10~15人で月2回、10句を作って腕を磨いています。なんだかんだありつつ、暮らしの中心にあるのは俳句。「八千代は特になにもないところですけど、単に場所を埋めるために植えているツツジも、咲けば咲いたで壮観だし、汚ければそれはそれで句になる。季題(季語)を通してものを見るモードが体にある、っていうのが俳句のおもしろさかなと思っています」

駅から遊歩道を抜けて、川辺へ

 2021年がまさに暮れようとしている12月30日午後1時、前北さんと妻の麻里子さん、小学5年生の藤次郎くん、1年生の翠ちゃんら7人と村上さんが駅で待ち合わせました。そこから印旛沼と花見川を結ぶ支流・新川の土手に向かって、ゆっくりと歩き出します。途中の遊歩道には、たっぷりと積もった落ち葉。花びらを落とした山茶花、ピンクの小さな花をつけた早梅を見ながら、おのおの句作に励みます。

街灯と並んでのびる枯れ木立ち 前北藤次郎
さざんかのはなびらちってあかいいけ 前北翠

 遊歩道を抜けて新川の土手に出ると、視界が一気に開けます。この日は青空が広がり、年末とは思えない暖かな日差しが冬景色を包んでいました。流れのない穏やかな川には水鳥が遊び、土手の枯れ木にはカラスウリが赤い実をつけ、どこからかトランペットの音色が聞こえてきます。「雪は降ってないし、花は咲いてないし、冬は俳句を作るのがむずかしいんですけど、12月30日あたりの感じがありますね」と村上さん。「『数え日』で作れそう」と言い、風景を目に焼き付けていきます。

水鳥の名を呼ぶ人を待っている
雲一つないようにみる冬麗(ふゆうらら)
セキュリティ甘きグランド年の暮 以上、村上健志

 小さな畑や休田をいくつも通り過ぎ、一行はたっぷり2時間かけて前北さんの自宅へ。30分の句作の時間をとって、いよいよ句会を始めます。ここからは浜松在住の渡辺深雪さんがオンラインで参加し、欠席投句の杉原祐之さんも加えて10人に。それぞれが10句ずつ出して、特選1句を含む10句を選句しました。多く詠まれていたのは、なにげない枯野や畑でした。

冬ざれのコンクリートに翼の絵 前北かおる
白菜のほつたらかしの畑かな 永田泰三
鶏糞の臭い濃き道冬温し 前北麻里子
五六本へこたれてをり葱畑 吉田
丘に見る切手のやうな葱畑 真篠みどり

住宅街のちょっとした葱畑
冬田道マックの配達用バイク
ニュータウンのちょっとした場所に葱畑
マンホールに市のロゴマーク年流る 以上、村上健志

 中でも、最高となる5人の選が集まったのは、永田泰三さんの「白菜のほつたらかしの畑かな」と、真篠みどりさんの「丘に見る切手のやうな葱畑」でした。白菜の句を特選にした村上さんは「今日見た畑の中で、白菜はでかいので明らかに目立ってて。スーパーで売られているものに比べて実際はちょっと汚くて、その感じが『ほつたらかし』に出てるなあと思って。見た景色が再現されてすてきでした」と評します。

 5点が入ったもう一句には、前北翠ちゃんの「みずとりははずかしがりやすぐもぐる」がありました。「下五の『すぐもぐる』にやられてしまいました。本当に水鳥ははずかしがりやだからもぐっているのかな、と思わせるような句でした」とは、真篠さんの特選評。その翠ちゃんの句作の様子を詠んだ村上さんの句「数え日や橋の手摺りを台にメモ」には3点が入りました。「橋の手すりを下敷き替わりにしてメモしてたから、詠んだんだ。ありがとう」と村上さんが声をかけると、はにかむ翠ちゃん。句作用のノートに村上さんがサインをして打ち解けた頃、外はすっかり夕闇に。「よいお年を」と互いに手を振って、八千代を後にしました。

マンションの廊下凍蝶(いてちょう)力尽き 杉原祐之
裏道のしんと静まる寒さかな 渡辺深雪

句会を終えて、村上さんのコメント

 吟行から帰ってきて、俳句を作る時間が1時間くらいあるかと思ったら30分しかなくて、久しぶりにめちゃくちゃ焦りました。「これを俳句にしよう」みたいなことを携帯にメモして、あとでその感覚を五七五に整えようって思ってたんですけど、結局できないまま8句しか出せなかったです。言い訳なんですけど、「この発見好きだわ」っていうのをすごくいいい句にしたいと思って、そこで悩んで気づいたら12分くらいたってて。この連載は句会に参加したことがない人が読むこともあるだろうから、もしこういう吟行の機会があったら時間配分をマジで気を付けてください(笑)。

 吟行自体はすごく楽しかったです。見慣れてない土地、いわゆる観光地じゃない、でも発見がある場所って、吟行をしようと思わないとじっくり時間をかけて歩かないじゃないですか。図書館まで急いで行こうかな、とか目的を作っちゃうんですけど、天気がいい日に外を歩くこと自体が気持ちいいですし、心の健康にもいいですよね。

 印象的だったのはネギ畑。僕の田舎だと最盛期にきれいにネギが並んでることがあるんですけど、そんなに立派じゃない、無造作に捨ててあったネギの皮の感じを句にしたくて。今回はできなかったんですけど、これからまた作ろうとは思いました。今日の景色を見てなかったら、ネギにああいう要素があることに気づけなかったので。こういうマジの部分に気づけるのは吟行ならではの良さですよね。やっぱり吟行は、いい俳句ができるに越したことはないんですけど、それがすべての目的じゃないところもある。発見のストックができたので、今後俳句を作るときに生かしたいです。

【俳句修行は次回に続きます!】