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種を超えたセックスを考えるノンフィクション「聖なるズー」 小澤英実が薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『聖なるズー』 濱野ちひろ著 集英社文庫 726円
  2. 『愛なき世界』(上・下) 三浦しをん著 中公文庫 上748円 下726円
  3. 『徴産制』 田中兆子著 新潮文庫 737円

 (1)ズーとは、動物をセックスこみのパートナーにして暮らす人々のことだ。自身が受けた性暴力のトラウマと向き合うため、動物性愛の研究に着手した著者は、ズーの人々のコミュニティーに体当たりで飛び込み、人間のセクシュアリティーや、性とタブーの境界を解き明かそうとする。動物と人は対等に愛しあえるのか。思いこみによる虐待ではないのか。その答えは読者に委ねられている。種を超えたセックスを通じて「人間とはなにか」という根源的な問いを投げかけるノンフィクションだ。

 (2)も人ならざるものへの愛を描くが、その対象は植物だ。ナズナの研究に身も心も捧げる女子院生と、彼女に恋した駆け出し料理人の青年が織りなす絶品のお仕事小説。「愛などというあやふやなものを振りかざさなければ繁殖できない人間のほうが、奇妙で気味の悪い生き物なんじゃないか」という青年の思いは(1)の問題意識とも響き合うが、タイトルとは裏腹に、本書には仕事や研究に賭ける溢(あふ)れる情熱という名の愛がみなぎっている。そのエネルギーが社会を支え、ひいては人の命を繋(つな)ぐのだ。

 (3)感染症で若年女性人口が激減し、適齢期の男性が性転換して出産する制度が施行された近未来の日本。境遇がまるで異なる五人の男性の体験から、不妊や性暴力やルッキズムといった性差がもたらす生きづらさが浮き彫りになる。彼らの着地点は、性のくびきがいかに人間の生を不自由にしているかを、その先にある希望とともに映し出す。=朝日新聞2022年1月22日掲載