人面瘡と会話しながら事件解決?
怖くて、猟奇的で、でもそれを面白さが上回ってページをめくれずにはいられない――。小学生の頃、江戸川乱歩、横溝正史のミステリー小説に僕は夢中になっていました。当時の日々を思い起こすような、「横溝的世界観」を彷彿(ほうふつ)させる物語に出合ったので、ご紹介しようと思います。中山七里(しちり)さんの『人面瘡(そう)探偵』(小学館)。
主人公の三津木六兵(ろっぺい)は、相続鑑定士として、都内のみならず全国の依頼者のもとに東奔西走の日々を送っています。「相続鑑定士」というのは、いわば相続のマネジメント全般を担う民間資格で、土地家屋調査や不動産鑑定など、さまざまな要素を連携させながら、相続が発生した時の手続きや遺産分割の協議を行う仕事なのだそうです。
そんな相続鑑定士の六兵の右肩には、人面瘡が寄生しています。「人面瘡」、これも馴染み薄いかも知れませんね。妖怪や奇病の一種であり、辞書によると「化膿した傷が人の顔になり、話したりするとされる」(小学館『デジタル大辞泉プラス』)とあります。古くは江戸期の仮名草子や、それこそ横溝正史の作品に、人面瘡はモチーフとして取り上げられてきました。
右肩に取り憑いた、この奇妙で不可思議な人面瘡を、六兵は「ジンさん」と名付けています。ジンさんは頭脳明晰で、なおかつ、めちゃくちゃ毒舌。ちょっと抜けたところのある六兵に対し、ジンさんは容赦なく怒り、激しく罵り、そして助言を与えていきながら、謎の紐を解いていくのです。
物語は予想もつかない方向に
著者の七里さんは、僕が大好きな推理小説家です。「谷原書店」ではこれまでにも『ふたたび嗤う淑女』をご紹介してきましたし、MCを務めた「王様のブランチ」でも取り上げたことがあります。現実世界のミステリーを描き、「大どんでん返しの帝王」と呼ばれる七里さんですが、今回は横溝的要素を多分に含むミステリーとなっています。六兵と人面瘡・ジンさんの掛け合いが、なんとも新鮮で痛快です。
「横溝的要素を含む」とは言いつつも、設定はあくまで現代なのも面白いですね。信州随一の山林王・本城(ほんじょう)家の当主が亡くなり、遺産相続のために六兵(とジンさん)は現地に派遣されます。この町が、明治・大正・昭和期特有の、じつに陰鬱な湿り気を帯びた空気に満ちています。新宿からバスを乗り継いで行くだけで、異界に入り込む。スマホの電波も圏外になってしまいます。
どうせ大したお金にならないと思われていた山林には、ところが、とんでもない価値が眠っていることがわかりました。それを知った本城家の一族は色めき立ちます。遺産をめぐって骨肉の争いが始まるや否や、相続人である長男夫婦が蔵の中で、次男が水車小屋で、矢継ぎ早に息絶えます。「矢継ぎ早」というのはまったく誇張ではなく、本当に、ポンポンポンポン、葬儀・火葬も追いつかないほど、喪服の洗濯も間に合わないほど、ひとが死んでいくのです。それも、この上なく陰惨で、残忍なやり方で。「どんでん返しの帝王」と呼ばれる七里さんですから、「犯人はこいつかな?」「こいつかな?」って疑うそばから、予想もつかない方向に物語は転がり続けます。
狡猾な長男夫婦、自堕落な次男、真面目だが線の細い三男、幼い息子を連れて出戻った長女、家政婦、料理人、顧問弁護士――。誰もが皆いびつで、ちょっと時空がゆがんでいて、それぞれの長年の鬱憤を、おりのように積もらせ胸に秘めています。そして、ジンさんの指示のもとで事件を追う六兵がたどり着いた事件の真相――亡き父が犯した罪とは。
ここではもちろん書けません。ぜひ本を手に取ってみてください。
事件には、「ある要素」が筋立てになっています。その「ある要素」を基盤として、事件は組み立てられています。トリックを仕掛け、それを回収し、読者との緊密な駆け引きを続けていく。それから、事件がすべて解決した後に、もう一度、ぞっとする場面があります。それは、町を離れる六兵を見送った家政婦が放つ、独り言。もう、ここがじつに「気持ち悪い」のです。中山七里ここにあり。最後の最後まで読み飛ばさずに、じっくり味わってほしいと思います。
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七里さんによると、この春、次作『人面島』が刊行されるそうです。六兵(とジンさん)が派遣されるのは、長崎にある島、通称「人面島」。村長が亡くなり財産鑑定を行うことから物語が転がり始めるとのことです。それにしても、そもそもなぜ、六兵はジンさんと共に生きるに至ったのか。そのあたり、今後のシリーズで解き明かされていくのか、楽しみです。
それから、横溝作品や、京極夏彦さんを読み返してみたくなりました。猟奇的で、ズシーンと重くて、ちょっと嫌な気持ちになりつつも、なぜか、どこか恍惚とさせられる。……何でしょうね、この気持ち。僕の場合は、父の影響で本を大好きになった子どもの頃のことを今、なぜか思い起こしています。
(構成:加賀直樹)