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津村記久子さん短編集「現代生活独習ノート」インタビュー たわいないことで人は自分を救える

作家の津村記久子さん=2021年12月24日午後6時13分、大阪市北区、尾崎希海撮影

 情報過多のSNS、家族とのわだかまり、取引先にいい顔をするため休日出勤を強いる上司――。津村記久子さんの短編集『現代生活独習ノート』(講談社)は、現代に生きる私たちを疲弊させるあれこれから心を守る方法を、じんわりと提示してくれる。

 1編目の「レコーダー定置網漁」は、入社希望の学生たちのSNSをチェックする仕事を任された「私」が主人公。学生たちがSNSで共有する、「知っておくべき」「やるべき」だと脅しをかけてくる情報の波にもみくちゃにされ、「私」は今まで送ってきた暮らしへの自信をなくしてしまう。

 「現代は選択肢が多すぎて、みんな誰かに自分の選択を肯定してほしい。だからSNSでキラキラした姿を発信して、肯定をしあって。自由なようでいて、お互い規定しあってますよね。それを見てるうちに情報にジャッジされて、責められているように感じて、疲れてしまう」

 すべての気力を失った「私」にできるのは、カーテンを閉め切った暗い部屋に横たわり、レコーダーにとりためた再放送のドラマを見ることだけ。ところがいつのまにか再放送は終わっていて、見知らぬ深夜番組が始まっていた。

 ぼんやりと番組を眺め、見よう見まねで料理とも呼べない料理を作ってみたり、心安らぐと紹介されていた靴下の毛玉取りを実践してみたり。そんな小さな達成感を積み重ねながら、「私」は少しずつ、自分なりの暮らしを取り戻していくのだった。

 「エモい出来事とか人間関係とか、特別な才能とか。そんなんなくても、自分でできる小さいことをきっかけに、人はちょっとずつ立ち直っていくことができる」

 他の7編の収録作の主人公たちも、たわいない方法でそれぞれの抑圧に対処していく。表題の「独習」には、「ひとりでいい」という思いを込めた。

 「いい出会いがあなたを変えるとか、私はいいメンターですとかうたって、他人の感情を食い物にする人たちが世の中にはたくさんいる。そういうものに頼らなくても、自分を救う方法は独学で身につけていけると思うんです」

 フラットな筆致の裏にある人間への確かな信頼が、作品全体を熱すぎず、しかし温かなものにしている。(尾崎希海)=朝日新聞2022年2月9日掲載