共感からより深く味わう 美村里江

本の内容で対象年齢を設定することはマーケティング的に必要と思うが、読者は気にせず手を伸ばすのがいいと思う。特にこうした10代向けの人生指南の良書は、「精神的迷子に陥ってしまった大人」にもぴったりだ。あさのあつこ『あなただけの物語のために どうすれば自分を信頼できる?』(ちくまQブックス・1320円)
常識、世間体、周囲への配慮……。どれも大事だが、あまりに阿(おもね)ると「自分」が薄れていく。あさのさんは、この自分自身を「個」とし、年代、性別、立場等によるカテゴライズを「塊」と表現する。
他者から塊として一絡げに扱われ不快に感じた経験を示す一方で、自らを塊に押し込んで本心から目を背けている面はないだろうか、と問いかける。つい忘れそうになる「個」を、単語からのイメージや目の前の出来事を自分の言葉で書いてみる「字スケッチ」により、心の中から搔(か)き出そう、「自分の物語」を発見しよう、という提案だ。
私が雑誌等で連載するエッセーも似た作業だが、目の前の「今」に集中して言葉で描写すれば、マインドフルネス的な効果で自己を認識し安堵(あんど)と喜びが広がるだろう。
「どうか“個”であることを忘れないでください。溶かされない“個”であることを。それを起点として生きていくのです」。力強い言葉の数々が読者に贈られる。特に、この言葉にドキッとするのは大人の方が多いだろう。「でないと取り込まれますからね。巷(ちまた)にあふれている、他者の物語に」
朝晩の寒暖差で風邪の気配を感じたので、「天下一品」の「こってりラーメン」を家で食べた。自家製のメンマとたっぷりの青ネギ、ゆで卵も入れタレはやや少なめ。わざと数分スープを吸わせ、くたくたにした麺を味わった。元気になった翌朝は、溶き卵とご飯で残ったスープも完食。
そんな「家天一派」なので、東山広樹『国民的チェーンめし研究 ○○の△△はなぜうまいのか?』(カンゼン・1760円)を表紙に惹(ひ)かれ購入。東山さんの飲食愛が有名チェーン店のあの人気メニューを軸に花開くのだから、面白くないわけがない。
“知識は最高の調味料”という帯の言葉に、漫画『ラーメン発見伝』(久部緑郎作、河合単画)の名言「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ!」が思い出される。
人間は共感能力で美味(おい)しさが増して感じられる生き物、と痛感する一冊だった。
個として自分を認識する方法や、言語化で解き明かされる旨(うま)さを楽しんできたが、いつまでも「不明・不可解」というのも魅力的だ。
例えば夜の海。夜釣りへ行き全く釣れない数時間の後、一気に入れ食いになる瞬間。またそれが一斉にピタリと止(や)む瞬間。急に冷気を感じ潮の匂いまで変わった時など、人間社会の理の外側を感じる。
高木道郎『海之怪 海釣り師たちが見た異界』(天夢人・1760円)は体験談を集めた形なので、一般的な怪談より淡々として味わい深い。実際の地名と釣り場の地形、当日狙っていた魚や使っていた仕掛け等情報が詳細で、そのリアリティからごく単純な話でもゾッとしてしまう。
春先にクロダイ狙いで能登半島の離れ島へ渡ったが、生憎(あいにく)の雨。寒さに震え昼食休憩中、岩陰から「エサをくれよ」と他の釣り人に声を掛けられ、それに応じてつけ餌のオキアミを手に振り返ったら、誰もいない……。
やはり人間は共感からより深く味わう生き物、と再び感じつつ、釣り好きな自分の“個”を認識する。役者業は常に人間に興味を持ち続ける必要があり、読書は重要な自主勉強時間なのだ。
……そんな言い訳を携え日々本を買い漁(あさ)る私は、大変な幸せ者である。=朝日新聞2025年5月24日掲載
◇みむら・りえ 俳優・エッセイスト 84年生まれ。著書に『たん・たんか・たん 美村里江歌集』。
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著名人や識者が気になる本を紹介します。随時掲載します。