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「日刊イ・スラ」書評 本と人 深く繫がる「文学直売」

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年02月12日
日刊イ・スラ 私たちのあいだの話 著者:イ スラ 出版社:朝日出版社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784255012636
発売⽇: 2021/12/01
サイズ: 19cm/286p

「日刊イ・スラ」 [著]イ・スラ

 前書きにある「文学直売」という言葉通り、本書は著者が平日に一本ずつ、月に二十本ずつ、読者に送り続けたメールが元となっている随筆集だ。学資ローン返済のため、始めたプロジェクトとある。
 メルマガのようなものかと思って読み始めると、そのオーソドックスな文学性に驚かされる。エッセイとはこういう人が書くべきものだ。彼女の平凡とも言えるかもしれない人生の一部分を読みながら、その繊細なテーマの拾い方、平易でありながら思慮深い文章、怒りや恐怖といった負の感情に対しても、過剰とも言えるほど真摯(しんし)に向き合う態度に圧倒された。
 栗の木の匂いを精液臭いと笑い合う、母との開けっぴろげな関係、友達の夢を見て、その夢を商品券と引き換えに友達に売る夢取り引き、「私の愛できみの人生はもっと豊かになるよ!」と好きな人との別れ際に伝えた夜、「笑えないときは笑わない」という新年の誓い、フリースタイルのラップバトルのように「愛してるよ~」を繰り返す祖母。それぞれの章に多彩な感情が詰まっていて、色鉛筆、パステルに油絵具(えのぐ)に水彩絵具、あらゆるツールを使い分け、タッチや立体感までをも自在に操っているかのごとく、それぞれが表情豊かに描かれている。そしてその豊かさに触れるうち、読者は無意識的に硬く閉じていた自分自身に気付かされるだろう。
 本とは一方的に甘受するものではなく、コミュニケーションだ。時に本と人は、人と人よりも本質的なディスカッションをし、深い繫(つな)がりを持つ。本書を読みながら、長い夜を友達と語り合って過ごしたような、家族と仲違(たが)いをしたような、好きな人と気持ちが通じたような、近所の子供と何気(なにげ)ない世間話を交わしたような、そんな胸がいっぱいになるような思いになった。また少し、彼女に一緒に歩いてもらいたい。そんな思いで、きっとこれからも本書を読み返すだろう。
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李瑟娥 1992年、ソウル生まれ。作家、出版社代表。2013年、短編小説「商人たち」でデビュー。