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ソン・アラム「大邱の夜、ソウルの夜」 泥の中泳ぐ女たちの人生行路

 ソウルでイラストの仕事をしながら暮らすホンヨンと、実家のある大邱(テグ)からの脱出を試みるコンジュ。2人の女性の人生行路を描く物語だ。母との衝突が日常に影を落としていたコンジュは、憧れのソウルに出て文章で生計を立てようと試みる。しかし、思うような仕事は回ってこず、自分の武器が錆(さ)びついていくように感じる。一方のホンヨンは経済的不安とは無縁のようだが、家族関係は希薄な様子。

 家父長制色濃い地方都市。憧れと現実。母娘の確執……。家族といても、社会に出ても、外部と折り合いをつけられない女の人生は泥の中を泳ぐように重たい。ままならなさは若き日も結婚してからも続く。生活に疲れたホンヨンは久々にコンジュに会い、焼き肉をつつく。立ち込める煙と尽きない愚痴が重なる描写が印象的だ。気の置けない友との語らいは、一瞬でも泥から顔を出せたかのような安堵(あんど)をもたらしたのではないか。

 とはいえ彼女たちは常に寄り添いあっているわけではない。物理的移動と同様に、心の距離も接近と分離を繰り返す。その繊細な心模様は誰にでも覚えがあるのではないか。紙面を越えて膨らむ物語が現実と交じり合い、読後も追いかけてくる気がした。=朝日新聞2022年3月5日掲載