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『韓国「建国」の起源を探る』書評 南北・日韓の溝に架橋する試み

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月12日
韓国「建国」の起源を探る 三・一独立運動とナショナリズムの変遷 著者:小野 容照 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784766427851
発売⽇: 2021/12/07
サイズ: 19cm/288,7p

『韓国「建国」の起源を探る』 [著]小野容照

 日本のKポップの人気は沸騰する一方、日韓関係は冷却し続けている。その原因の一つは、歴史認識の深い溝にほかならない。
 植民地期朝鮮の一九一九年の三・一独立運動を研究する著者は、この溝に架橋する方法を提案する。それは三・一をめぐる豊饒(ほうじょう)な歴史風景を事実に基づき描きなおすことである。
 北朝鮮への融和政策を進める文在寅(ムン・ジェイン)政権は二〇一九年の百周年の式典で、三・一独立運動と上海での大韓民国臨時政府の樹立を、民主共和国(韓国)の「建国」とみなした。北朝鮮に敵対的で自国中心史観を持つ新しい保守・右派「ニューライト」に対抗するためだ。だが実際は独立できず、必ずしも民主共和国を目指していたわけではない。頼みの欧米諸国も自国の植民地の動きを警戒していて、代表が訪れたパリ講和会議でも朝鮮問題は議論にのぼらなかった。
 筆者は建国神話化がかえって歴史認識の溝を深めると危惧する。まずニューライトの主張の恣意(しい)性を批判しつつも、韓国の「建国」は一九四八年八月一五日だとする。その上で、過酷な弾圧があった一方で平和裡(り)にデモを終えた人もいた三・一独立運動を、いったん建国神話から切り離した方が、南北間でも日韓間でも歴史認識の交流を活性化させるだろうと主張する。
 それは独立運動家たちの言動が多様だったからだ。パリ講和会議での独立を目指す朝鮮人は日露米中に広がり、臨時政府は民族自決を訴えたレーニンにも、独立を求める民族の利害も尊重せよと述べたウィルソンにも期待し働きかけた。日本にも支持者が多く、特に吉野作造は朝鮮人留学生たちと植民地問題の議論を深めた。運動家の中には日本との融和を説いた元日本留学生もいたし、共産主義者も多く存在した。
 グローバルな運動の展開史は、南北・日韓ともに、一致とはいかなくとも何らかの言葉を交わし始める土台を提供するだろう。
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おの・やすてる 1982年生まれ。九州大准教授(朝鮮近代史)。著書に『帝国日本と朝鮮野球』など。