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劉邦を多角的に描く「長城のかげ」など澤田瞳子が薦める新刊文庫3冊

澤田瞳子が薦める文庫この新刊!

  1. 『長城のかげ』 宮城谷昌光著 文春文庫 880円
  2. 『言の葉は、残りて』 佐藤雫(しずく)著 集英社文庫 858円
  3. 『いい湯じゃのう(一) お庭番とくノ一』 風野真知雄著 PHP文芸文庫 748円

 人間の多種多様な生き様に接し得る三冊。

 (1)始皇帝亡き後の動乱を駆け抜けた漢王朝の初代皇帝・劉邦。彼の生涯に関わった敵将、親友、臣下、息子、学者をそれぞれ主人公とする短編五編は、劉邦という男を多角的に浮かび上がらせると共に、人間存在の複雑さを強く物語る。ことに表題作の主人公・盧綰(ろわん)の、幼馴染(おさななじみ)の親友たる劉邦に対する感情の変化とそれでも変わらぬ思いには胸が締め付けられる。筆者には毎日芸術賞に輝いた大河小説『劉邦』もあり、併せて読むのもお勧めだ。

 (2)和歌を愛し、渡宋の夢を抱き、腰抜けの如(ごと)く捉えられがちな鎌倉三代将軍・実朝とその御台所(みだいどころ)・信子を中心に激動の鎌倉期を描いた歴史恋愛小説。自らの限界を知り、武力ではなく言の葉の力で世を治めんとする実朝とそんな夫に寄り添う信子の姿は、象徴的に用いられる鎌倉の海の如く澄み、だからこそラストの一文が殊更際立つ。歴史の動乱の中に確かに生きた人々がいたと気づかされる一冊である。

 (3)古代の天皇が湯治に出かけていた記録があるほど、日本人と温泉の関わりは古い。本書は八代将軍・徳川吉宗の不調と全国の温泉を襲った変事を巡って、お庭番にくノ一、名奉行・大岡越前に吉宗のご落胤(らくいん)を名乗る天一坊らが縦横無尽に駆け回る笑いに満ちた時代小説。吉宗といえば、と想起される歴史的事象が次々と物語を彩るテンポのよさ、そして風呂の気持ちよさを思い出させる描写の数々に、つい口元が緩むこと請け合いだ。=朝日新聞2022年2月12日掲載