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永井みみ「ミシンと金魚」 語りにおかしみ宿る老女の内面

 昨年すばる文学賞を受けた『ミシンと金魚』(永井みみ著)が出色だ。認知症を患う高齢女性の一人称で、老いの実相と女性の一生を見事に描き出している。

 老人と見るなり赤ちゃん言葉で話しかけてくる人や、デイサービスの「子どもだましのおあそび」には「馬鹿なふり」をして付き合ってやっている。そう明かす主人公・安田カケイの内面世界は、こちらの期待をいい意味で次々と裏切るリアリティー満載。年寄り扱いされてムキになるのは大抵男性で、「じいさんにうまれなくて、しみじみよかった」。

 継母からの暴力、「女は手に職」という祖母の言いつけ、夫の蒸発、便所で産んだ赤ん坊……。徐々に明らかになる彼女の人生は壮絶だが、恬淡(てんたん)とした語りとのギャップがおかしみを生み、物語は終始生き生きとしている。

 著者は訪問介護のヘルパーとして働いていたことがあり、その経験からこの小説が生まれたという。世界を別の位相から見せてくれる物語を、今後も書き続けてほしい。(板垣麻衣子)=朝日新聞2022年3月5日掲載