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「ブラック・ライヴズ・マター運動 誕生の歴史」書評 若い世代が先頭 民衆の複合体

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月19日
ブラック・ライヴズ・マター運動誕生の歴史 著者:バーバラ・ランスビー 出版社:彩流社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784779127854
発売⽇: 2022/02/18
サイズ: 22cm/230,80p

「ブラック・ライヴズ・マター運動 誕生の歴史」 [著]バーバラ・ランスビー

 アメリカの黒人問題ほど、皆に知られているようでいて、実は誤解や認識不足のはなはだしい事柄も少ないのではないかと思う。
 キング牧師を“非暴力の聖人”に祀(まつ)り上げるのはその典型だが、2年前のミネアポリス市警の「ジョージ・フロイド圧殺事件」を機に知られたブラック・ライブズ・マター(BLM)を、「黒人暴動」のラベルでひとくくりにするお決まりの連想も同様だろう。
 そのBLMの成立を一時の衝動的な「暴動」ではなく、体系的な「運動」の社会過程として歴史的に跡づける試みが本書である。
 試みというのは著者が歴史学者にして運動の当事者という立場を明確にしているためだ。BLMは現在進行中の運動だから未(いま)だ「歴史」ではなく、ゆえにこの選択は学問的にはリスクを意味する。だが著者は社会理論の知見を活用し、運動家として得た体験や実感を歴史家としての視野に鮮やかに植え替えてゆく。
 BLM運動の直接の契機は2012年、自称自警団員による「トレイボン・マーティン少年射殺事件」だった。背景には08年大統領選で勝利した「初の黒人大統領」オバマ氏が「脱人種」言説にからめとられ、「彼を選んだ米国はもはや人種差別を克服した」とする空気の中で微温的な姿勢に終始したことがある。
 公民権運動以来の大物たちも口先だけの非難声明に留まる中、真っ先に立ち上がった若い世代がBLMの担い手となり、ブラック・フェミニズムの理論家でもある著者ら知識人と活動家が呼応したのである。
 アメリカの黒人差別は人道主義的な「人種問題」ではなく、収奪と搾取が構造的に組みこまれた「民族問題」だとは、かつてラディカル史学と呼ばれた歴史家たちの教えだった。まさにその構造に対抗する大小の民衆運動の複合体がBLM運動だ。訳者が精選した人名録ふうの巻末索引は、民衆が“無名の民”でないことの端的な例証だろう。
    ◇
Barbara Ransby  1957年生まれ。歴史家、米イリノイ大シカゴ校教授。政治社会運動に積極的に関わってきた。