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「泣きたい夜の甘味処」中山有香里さんインタビュー 甘いものを食べて「気持ちの肩の荷」を下ろして

描きたかったのは理想のお店

――中山さんは『ズルいくらいに1年目を乗り切る看護技術』や『悲しいくらい人に聞けない看護技術』など、ご自身の経験を活かし、新人に伝えたい看護術などをユーモラスに描いた作品を出版されていますが、創作漫画は本作が初めてなのだとか。

 一度自分でお話をつくって描いてみたいなと思っていたんです。この作品を描き始めた頃は看護師の仕事が忙しい時期というのもあって、ふと仕事帰りに「疲れたときや泣きそうな日に立ち寄れる甘味処があったらいいな」と思ったのがきっかけでした。

 作中のお店って私の中では割と理想で、小さい店内で他にお客さんもいなくて、どれにしようかと迷うことなく、決まっているその日の一品を出してくれる。そういう店があったらいいなと思って描きました。

――絵は独学だそうですね。

 父が美術関係の仕事をしているので、絵を描くことが身近にあった環境だったんです。絵本も家に多くあったので、今改めて読むこともありますね。幼い頃は漫画が好きだったのですが、色々なジャンルの本が家にたくさんありました。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

――特に好きな作品や作家さんはいますか。

 好きな作品は『三国志』で、よく読むのはサスペンス系の小説が多いのですが、食べ物を描く機会をもらうようになったので食べ物系の作品も読みます。元々『深夜食堂』(小学館)が好きなんですけど、食べ物系の漫画って作者によって描き方が全然違うので、それを見ているのが好きなんです。アニメにもなっている『舞妓さんちのまかないさん』(同)の空気感もすごく好きで「どうやったらああいう感じに書けるんだろう?」って日々考えています。

――『泣きたい夜の甘味処』のテーマとして、まずどんな事を考えられましたか?

 「疲れた人を癒やせるような作品を書きたい」というのがまず一番にありました。きっと多くの方が、これまで自分の中に溜めて飲み込んできた思いや、人に相談するほどではないけれど自分の中でぼやかしてきた感情があると思うんです。そういう思いを抱えている人に、甘いものを食べて肩の荷をおろせるようなお話を書きたいなということを考えました。

史上初⁈ 熊と鮭が営む甘味処

――ところで、ずっと気になっていたのですが、なぜこの甘味処の店員は「熊」と「鮭」なのでしょうか。

 そういえばちゃんと説明したことなかったですね(笑)。最初は寡黙な熊のマスターが一人でやっていて、その店内に鮭が吊るされているという設定にしようと思ったんですけど、ストーリーを進める上で、この熊があまりにもしゃべらなくて(笑)。急きょ鮭も店員にしようと思いました。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

――最初から店員は人間ではなく動物と決めていたのですか?

 初めはお客さんも動物だったんですけど、3話目くらいで「人間と動物、どっちの方が良いかな」とSNSでフォロワーさんに聞いてみたんです。そうしたら「人間の方が感情移入しやすい」という声が多かったので、お客さんは人間にという流れになりました。

――「すぐに全部飲みこまなくていいこともあるんですよ」など、「鮭」がお客さんに言う言葉が、結構心に染みるんですよね(笑)。

 鮭はあまり料理をしないんですけど、お客さんと話をして気持ちに寄り添う存在で、熊は美味しい物を作ることでお客さんを包み込んであげる存在といった役割に分けています。

同期と飲んだ缶コーヒーに救われて

――本作には、子育てや育児に悩む母親、仕事がうまくいかず、自分の存在意義がわからなくなってしまったOL、夫を亡くして悲しみから抜け出せずにいる女性など、様々な「泣きたいこと」を抱えるお客さんがやってきます。登場人物のモデルの中には、実際に中山さんが出会った患者さんもいるのですか。

 人物像は違いますが、一応全てのストーリーに出てくる人にはモデルがいます。例えば、「ギャルとばあちゃんとマフィン」の回で、孫の女子高校生がおばあちゃんの手を握るという話は、私が病院で働いていた時の経験をもとにしています。重症で面会制限のある患者さんがいたのですが、どんどん体が硬くなって、手浴をしながら「この患者さんは最後までだれからも手を握ってもらえないのかな」「手を握ってあげたかったな」と日々思っていたことを作品に反映させました。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

――高校時代の友人から久しぶりに手紙が届いた「3人の青春とプリン」の回で、病を患った高校時代の友人・ようこさんの「悲しいときにこそ好きなもの食べて元気になりたいじゃない?」というセリフがあります。どうして人は「悲しい時」や「泣きたい時」に、より甘いものを欲するのでしょうか。

 悲しい時って食べ物があまり喉を通らないと思うんですけど、温かいものや甘いものを食べるとホッとしますよね。「気持ちの肩の荷を下ろす」みたいな感じになるんじゃないかなと思います。きっと私も、同期と甘い飲み物を飲むあの時間がなかったら仕事も続けていなかっただろうし、ささやかな時間だったけど、あの時の甘いものと同期のみんなのおかげで今があるなと思います。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

――それぞれ「泣きたいこと」を抱えてお店に来る人にどんな甘味を出すのかは、毎回どうやって決めているのですか?

 自分の中で「こういうこともあったよな」「あの時どういう食べ物が食べたかったかな」と思い返しながら考えているのですが、メニューについては、食べ物の由来を勉強して「こういう由来だったら、あの時の話と合うな」ということを結びつけて描いています。思っていた以上に一つひとつのエピソードや由来がおもしろくて、私は干し柿って渋柿から作るということも知らなかったのですが、干して水分と渋みを抜くことで甘くなるというちゃんとした根拠があることも知り、調べていて楽しかったです。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

――中山さんが救われた甘味の思い出はありますか?

 一番救われたのは、同期と仕事帰りに一緒に飲んだ甘い缶コーヒーやアイスクリームですね。私自身、看護師として働き始めた1年目が一番しんどかったんです。毎日叱られて、ご飯もあまり食べられなくて。仕事が終わるのもすごく遅かったんですけど、いつも同期の子が待っていてくれて、病院の中の喫茶コーナーで飲んだ甘い飲み物が印象に残っています。

つらい人の背中をさするように

――各話に登場している他のキャラクターの視点で描いたアナザーストーリーも収録されています。

 主人公の視点だけでなく、同じエピソードに登場している人がどう思っているのかというのは絶対に描きたいと思っていました。仕事ができない新人さんの話も、私自身がよく怒られる新人だったのでその気持ちが分かるから書いたということもあります。

「泣きたい夜の甘味処」より ©中山有香里/KADOKAWA

 一方で、私が先輩になったときに、後輩に「もっとこうしてあげたかった」と思っていたことや、「見て見ぬふりをしていた場面もあったよな」など、何か自分の心の中で引っ掛かっていたこと、自分の中で蓋をしていた思いを本作で描いたところもあります。

――看護師としての経験も作品に活かされているんですね。

 せっかく外でも働いているので、ショックだったことも嬉しかったことも全部自分の作品の糧になるんじゃないかなと思うんです。なので、できるだけ人の悩みにも触れるようにして「この人はどう思ったのかな」とか「あの時の私はどうすれば良かったのかな」とか、色々考えながら仕事しています。

――現在、Twitterで「疲れた人に夜食届ける仕事」も連載中ですが、「泣きたい人」や「疲れた人」にどんな思いを届けたいですか。

 「がんばれ」とか「いつかきっと報われるよ」といったことは言えないけれど、作品を通して「あの時は辛かったよね」と背中をさすってあげられるような存在になっていたら嬉しいです。