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2人の心理学者の関係に迫る「後悔の経済学 世界を変えた苦い友情」など稲泉連が薦める新刊文庫3冊

稲泉連が薦める文庫この新刊!

  1. 『後悔の経済学 世界を変えた苦い友情』 マイケル・ルイス著 渡会圭子訳 文春文庫 1265円
  2. 『プラスチックの祈り』(上・下) 白石一文著 朝日文庫 上880円 下902円
  3. 『北條民雄集』 田中裕編 岩波文庫 935円

 (1)は『マネー・ボール』などで知られる米国の作家マイケル・ルイスが、2人の心理学者の革新的な仕事と友情を描く。エイモス・トヴェルスキーと後にノーベル賞を受賞するダニエル・カーネマン――合理的ではない新たな人間像を提示し、「行動経済学」への道筋を拓(ひら)いたコンビだ。“人の直感はなぜ間違うのか”という問いをめぐって、タイプの異なる研究者だった2人の人生が深く交錯していく。その複雑な関係性を量感溢(あふ)れる人間ドラマとして紡ぐ著者の力に圧倒された。

 直木賞作家による(2)は、奇想と仕掛けに満ちた長編小説である。妻を亡くした小説家は、失意の日々の中である異変に気付く。それは身体の一部が「プラスチック化」するという現象だった――。不可思議な謎に翻弄(ほんろう)されつつ自らの過去を追う作家が、次第に見つけ始める様々な記憶の食い違い。足下(あしもと)の現実が揺らぐ不穏さに引き込まれながら、ここには「書くこと」をめぐる大切な何かが描かれている、と感じた。

 (3)1914年に生まれ、19歳の時にハンセン病の診断を受けた夭折(ようせつ)の作家・北條民雄。隔離された療養施設「全生病院」で病と闘いながら執筆を続け、不朽の名作「いのちの初夜」などを川端康成に見出(みいだ)された。本書にはその小説や書簡、日記他が収録されている。北條民雄の評伝といえば、ノンフィクションの傑作『火花』(高山文彦著、角川文庫)がある。併せて読むと、その魂を削るような文学の営みの凄(すさ)まじさをより実感できるはずだ。=朝日新聞2022年3月26日掲載