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五味太郎「6Bの鉛筆で書く」 たゆたう「時間」を味わう

 デジタル化社会になっても、鉛筆の魅力は薄れることがない。太く軟らかい芯ならなおさらで、紙と擦過し、痕跡としての文字を残していく時の心地よい感触は、いくらキーボードをたたいても味わえない。

 五味太郎著『6Bの鉛筆で書く』は、その感触がそのまま伝わってくるような37編の随筆集である。著者が撮った各国の街角の写真集にもなっていて、装丁も素晴らしく、本を手に取る楽しさが詰まっている。

 多くは日々のこもごもをめぐる思索をつづった文章と、何げない、しかし一瞬の場面を永遠に定着させた写真は、どれも「時間」という不可思議な仕掛けの持つ奥行きを感じさせる。各稿から象徴的な題を幾つか引くなら「遠くの音」「ヴィンテージ」「眠る」「日常の夢」あたりだろうか。行きつ戻りつ、たゆたいながら流れる時間を泳いで、76歳の絵本作家は来し方をさまざま回想し、巧みな文章に移し替えている。

 「麻雀(マージャン)」では、この下世話なゲームが実は“深層幽玄の世界”であることを説き、「写真機」では「撮られてしまった人はすべてこの世に存在した証拠を握られてしまっているのだ」と書く。6Bの鉛筆も削れば鋭い先端を持つように、一見ほのぼのとした文章は、随所でドキリとさせてもくれるのだった。(福田宏樹)=朝日新聞2022年4月2日掲載