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『「トランプ信者」潜入一年』書評 伝播する噓 議事堂襲撃に帰結

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月09日
「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で「民主主義」が死んだ 著者:横田 増生 出版社:小学館 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784093888523
発売⽇: 2022/02/28
サイズ: 19cm/463p

『「トランプ信者」潜入一年』 [著]横田増生

 「選挙を盗むな!」と書かれたプラカード、暴徒と化した人々が押し合う音、噴射される催涙スプレー……。昨年1月6日、後に〈連邦議会議事堂襲撃事件〉と呼ばれる現場の最前線に著者はいた。それは彼にとって、一年にわたる取材の帰結のような光景だったという。
 本書は大統領選とコロナ禍に揺れた“トランプのアメリカ”の最後の一年間に密着し、全米を足で歩いた濃密なノンフィクションだ。著者はこれまでユニクロやAmazonなどへの潜入取材を敢行してきたことで知られるジャーナリストで、今回も共和党の選挙ボランティアとなって千軒超の戸別訪問を行っている。
 あるときはジャーナリストの名刺を持つ東洋人、別のときは「I♡TRUMP」のTシャツを着たトランプ陣営スタッフに。「内」と「外」の立場を使い分け、反トランプ派に中指を立てられたかと思えば、トランプ信者から「あなたの手は、神から与えられたんだ!」と握手を求められる。そんな誰が誰に語るのかという視点が、生々しい“いくつものアメリカ”を浮き彫りにしていく。
 そうして描かれるのは、権力者の「噓(うそ)」や陰謀論が人々にどう広がり、民主主義の根幹を揺るがしていくかというテーマだ。
 トランプは在任中、約3万回の噓をついたと言われる。著者は事実確認(ファクトチェック)を繰り返し、「信者」に粘り強く伝えるが相手にされない。トランプのツイートが支持者の間に伝播(でんぱ)して定着する様子は、〈死者の霊魂がイタコに憑依(ひょうい)し、イタコが口寄せして語る姿にも似ていた〉という。本書を読んでいると、その帰結が冒頭の連邦議会襲撃だったことが確かによく分かる。
 政敵への憎悪と噓、亀裂を突き分断を広げる手法が、いかに民主主義の土台を侵食してしまうか。老獪(ろうかい)さすら感じさせる潜入取材のノウハウを駆使し、現場の肉声によってその危うさを語らしめた力作だ。
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よこた・ますお 1965年生まれ。ジャーナリスト。著書に『潜入ルポ amazon帝国』(新潮ドキュメント賞)など。