村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『フルスロットル トラブル・イン・マインド1』 ジェフリー・ディーヴァー著 池田真紀子訳 文春文庫 1320円
- 『廃墟(はいきょ)の白墨』 遠田潤子著 光文社文庫 792円
- 『試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧(みどり)』 時武里帆著 新潮文庫 781円
ドンデン返しの魔術師として知られるディーヴァーの第三短篇(たんぺん)集が二分冊で邦訳刊行される。(1)はその一冊目。著者のシリーズキャラクターが活躍する三篇と、ノンシリーズの三篇を収録する。首から下がほぼ麻痺(まひ)した科学捜査の達人リンカーン・ライムが物証過多の事件に挑む一篇は、犯人の意外性もさることながら、ライムと事件の距離感が愉快。ノンシリーズ作では、再起を目指す俳優がポーカー勝負に挑む「バンプ」がひねりたっぷりで嬉(うれ)しくなる。夏季北京五輪が舞台の一篇以外はすべて中篇サイズで満腹感も高い。
(2)は奇妙で深い愛と欺瞞(ぎまん)と犯罪の物語。三十歳の和久井ミモザは、病床の父に届いた手紙に導かれ、大阪の古いビルに赴く。そこに暮らしていた三人の老いた男たちは、ミモザに昔の話を語り始めた。一九七〇年ごろ、そのビルに住んでいた白墨という幼い娘と、その母について……。老人たちの語りから過去の犯罪や嘘(うそ)が浮かび上がり、それが現在のミモザに徐々に結びついていく展開が抜群に刺激的。語りの連続のなかに意外な変化も織り込まれていて飽きさせない。濃密な一夜と過去の物語を満喫。
(3)は海上自衛隊護衛艦の新任女性艦長が主人公のシリーズ第二弾。女性自衛官として初めて遠洋練習航海に参加した著者の一作で、艦内の緊急事態や遭難者の救助などを指揮官として乗り越えていくエンターテインメントとして上出来。脇役の活(い)かし方も巧みだ。海上サスペンスとしても組織小説としてもスリリングで要注目。=朝日新聞2022年4月9日掲載