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フルポン村上の俳句修行 個性を鍛える、10句の連作に初挑戦

 テレビなどで活躍中の人気俳人・堀本裕樹さんが主宰する結社「蒼海」。2018年1月の創刊から2年、結社の層を厚くし、40歳までの若手が気軽に参加できるようにと20年に立ち上げられたのが「蒼耳句会」です。発起人は、当時大学生だった本野櫻魚さん。大学で非常勤講師をしていた堀本さんの授業をとったことが、俳句との出会いだったと振り返ります。「シラバスに、テストがなくて俳句出すだけって書かれてたんです。テストがなくて単位取れるなら、もう最高じゃん! と思って履修したのが最初だったんです(笑)」

 将来の夢は小説家で、自分なりに小説を読んだり書いたりしてきたという本野さんにとって、「俳句を書くなんてことは、朝飯前も朝飯前だと思ってたんです。たった17音しかないわけで。余裕だろ、って」。ところがいざ始めてみると、「ビックリするくらいできなくて、こてんぱんになりまして」。散文に慣れていたせいなのか、言いたいことを短い文章の中に落とし込めない。茨城の家から東京の大学まで毎日往復4時間、ずっと俳句のことを考えるようになっていったと言います。

本野櫻魚さん

 今は「小説に対する思いは見失わずに、俳句をがんばって、いろんなスキルを高めたい」と本野さん。句会のある俳句の方が「読んでもらえる」とも話します。「僕が一番俳句をやってて楽しいなと思うのは、この句がよかったとか、みんなで話し合えるときですね。答え合わせが瞬間的にくるんです。パキパキっときて、おもしろくない俳句は一瞬で捨てられたりして。自分を抑えながら自分を出す、みたいな美学があって、そういうところはほかのジャンルにはないおもしろさかなと思っています」

タイトルの付け方、句の並べ方

 年度末に「蒼海賞」という結社の賞の募集があり、30句の連作を提出するというので、その対策として10句の連作を編む勉強会に村上さんが参加しました。句を単体ではなく、10句というまとまりで見たときの並べ方、季節の入れ方、そしてタイトルの付け方を、総合的に評価していきます。村上さんが提出した連作は、以下の通りでした。

ケチャップの缶

朧月花屋のあった空き地かな
焼売の歪みに醤油日脚伸ぶ
夜濯やニコちゃんマークの目が怖い
ケチャップの缶に木耳町中華
サザエさんの替え歌聞こゆ夕月夜
チータラの容器にポテコ長き夜
竹輪すき焼き卵は茶色の方
再生する豆苗激し霙の夜
バランスボールに反響するくしゃみ
太ももをティッシュの箱で掻く遅日

「サビ」をどこに置くか

 3月19日午後1時、蒼耳句会のメンバー8人と村上さんがオンライン上に集いました。本野さんが取りまとめた無記名の連作9編から、あらかじめ特選1編、佳作2編を選んでおき、句会で発表します。この日、作者本人以外のすべての人が選ぶという、圧倒的な支持を得たのが千野千佳さんの「酢の面(おもて)」でした。千野さんは昨年の蒼海賞を受賞しています。

酢の面

ちりとりを持ち探梅に加はりぬ
制帽を正してバレンタインの日
春雪や若草色の鯉のゑさ
白梅の影のびてゆく畑かな
売りものの鶯笛を吹いてをり
電柱が遊びの起点かぎろへる
空と雲おなじ色なる涅槃かな
春雷や胡椒ただよふ酢の面
よく振つてドレッシングは春の色
春闘の海に向かひて歩きけり

村上:「これが好きだ」という1句じゃなくて全体で選ぶのが初めてで、どういう選び方をしたらいいのかっていうこと自体も初めてだったんですが、楽しかったですね。「酢の面」は10句が絶対これをテーマにしてる! っていうのは見抜けないんだけど、読んだときの心地よさ、春ののびやかな感じがゆるりと描かれていて、その中に接写というか、いい意味で「小さい絵」が多くて、それがすごく僕には手触りがあるように感じました。最初と最後の句に少し広い絵が設置されてるところが、いいなあと思いましたね。

郡司和斗:僕も村上さんと同じで、俳句の連作をどう読むかを悩んでいて、「酢の面」は単純に、10句の並びが群を抜いて完成度が高いっていうのが一番の理由です。始まりと終わり(の景)が広いのがいいですよね。梅の大きな景が広がる始まりから、個別具体的にフォーカスを当てた句が続いて、タイトルになってる「サビ」が後ろから3句目のほどよい位置にあって。ちょっといい感じに読者に伏線回収をさせた後に、「ドレッシングは春の色」でこれまでの句とは方向性の違う角度から攻めて、最後「海」で落とす、みたいな。そういう気持ちよさにあらがえない自分がいて、よかったかな。

早田駒斗:売りものの鶯笛を吹いてをり」は、要素としてはシンプルなんですけど、「売りものの」という限定が付くだけでだいぶ見え方が変わるなっていう。人間関係も見えてくるところがあって、この句が一番いいなと思ってます。

正山小種:これは誰の作品かな? って想像しながら選んでたんですけど、その人らしさがよく出てるなって。いろんな種類の句が作れるっていうのも強みですけど、やっぱりその人らしさ、自分らしさができあがってる人っていうのも強いなと思いました。

日向美菜:連作の流れを作るのが上手な人だなと思って。「白梅の影のびてゆく畑かな」って、一句としては弱めの句も連作の中に置くことで、箸休めとして機能しているところとか、真ん中で「電柱が遊びの起点かぎろへる」みたいな生活を見せて、作者自身を見せる句を置いてみるっていうところで、いい連作だなと思いました。

本野:僕、表題句の「春雷や胡椒ただよふ酢の面」がめちゃくちゃうまいなと思うんですけどね。水分に対して面を見いだすときの媒介が胡椒、っていうところがおもしろくて。この措辞がすごく決まってて、かつ春雷と中華料理屋さんもなかなか取り合わせとしておもしろい。句の形もシンプルなのに、取り合わせと措辞のおもしろさを見せられて、かつこれが表題句になってると、それはやっぱ特選だろって感じでした。

千野(作者):最初は「町中華」みたいなテーマでやってみたりしたんです。その中の一つで「酢の面」を作って。「孤独のグルメ」とかも見たんですけどあまりうまくいかなくって、町中華はやめて、最近自分が作った中の句を並べてみたって感じですね。ありがとうございます。

10 句で編集能力を見せる

 その千野さんの特選をはじめ5点を集めたのは、日向美菜さんの「みづうみ」。表題句の「みづうみの真中の黙(もだ)や雛祭」とはじめ、水にちなんだ題材が美しい言葉で詠まれていて「トーンが一定している」「繊細な雰囲気」「見えていない部分を見せるのがおもしろい」と好評でした。

 続く4点を獲得したのは本野櫻魚さんの「土着信仰が根強い海峡の村の記録」。構成が巧みで、海峡の村を歩いているような世界観やタイトルのインパクトに負けない一句一句の強さ、物語性などが評価されました。村上さんも「私はこういうのが作れます、っていう編集能力が高いところに10 句の意味があるし、俳句が分からない人が見ても、この人が10句で書いた場所に行ってみたいなと思わせる力があるな、と思って」佳作に選びました。

>「みづうみ」「土着信仰が根強い海峡の村の記録」ほか、参加者の連作はこちら

季語の選び方が安パイ?

 村上さんの「ケチャップの缶」には特選1句を含む2点が入りました。

正山小種:これを特選にしたのは、新しい句を作っていくぞっていう感じが一番伝わったから。連作としての評価は低くなってしまうかもしれないけれど、何かをやろうとしている気持ちが伝わってきました。

後藤麻衣子:日常にあるなんでもない代用みたいなものがちりばめられていることで、全体のおもしろさがばっと上がってるのかな、っていう印象でした。1句目の「朧月花屋のあった空き地かな」はどんと大きい感じがするので、もしかしたら最後に置く方がいいのかな? とか、全部の季節がぎゅぎゅぎゅっと入っているので、構成が入ってくるとすごくおもしろくなるのかなと思いました。

本野:季語が安パイじゃない? と思って。「サザエさんの替え歌聞こゆ夕月夜」も、夜にしたいならもう「サザエさんの替え歌聞こゆクリスマス」ぐらい攻めちゃおうぜ! みたいな、もう一歩おもしろい季語を選べるなと。それくらい飛んでるやばさがあってもいいのかなって思っちゃったんだよね、この連作なら。取り合わせの季語が飛んでると、もっとこの人らしさが出るんじゃないかな。

村上:許してください(笑)。てっきり連作って1年間の季語を使わなきゃいけないんじゃないかと思ってて。それは僕の勘違いなんですけど、今おっしゃっていただいたように全部の句が代用なんですよ。本来の使われ方じゃないもの、見つけたらなんでもない日常が楽しい、っていうのが大きいテーマなんでけど、そのことを考えるのに夢中になって、正直季語はむちゃくちゃ浅くなってます。

一同:(爆笑)

 全員の講評を終えると、10句をどう編んでいったらいいか、という話題に。「試してみたい文体や角度を使って、試作品のように見せる」「別人格を下ろして作る」「10句を骨組みにして(賞に出す)30句を完成させる」「10 句だとちょうど起承転結が書ける」など、さまざまな意見が出ました。「連作で個性を鍛えて、作家としての自分の文体を確立していくことが大事」と本野さんがまとめて一同納得したところで、句会は終了しました。

句会を終えて、村上さんのコメント

 連作というものを作るのも選ぶのも初めてで、大変ではあったんですが、楽しかったですね。もっと時間があったら、たとえば椅子だけをテーマに作ろうとか、いろんな試みができそうだなと思いました。選ぶのも、一句一句の傷を探すというよりは、10句並んでいることで「こういうのが好きな人なんだ」とかが分かって、読み終わった後に純粋に好きだなとか、自分の好みに立ち返れた気がします。

 だから俳句がむずかしくてあんまり分からないっていう人も、実は一句一句読むよりも10句で読んだ方が入りやすいんじゃないかと思いましたね。いろんな人の俳句を一句ずつ読むと、それぞれ狙ってるところが全然違うから、違いすぎて分からないこともあると思うんです。10句くらいポンとまとめて見て、「この10句好きかも」「この人の俳句読みやすい」っていう方が入りやすいんじゃないかな、と思いました。

【俳句修行は来月に続きます!】