みだれ髪
言わずと知れた、近代短歌界を代表する女性歌人・与謝野晶子の第1歌集『みだれ髪』(1901年)ですが、カレンさんの手にかかれば「ムクッと温かい、情熱溢れる物語」になります。
主人公はもちろん、晶子。髪の毛が「こんがらにもこんがり合う、絡まりボサボサ頭」の女性です。たまにしか外出しない晶子はある日、自分と同じような「灰色混じりなオーラ」を放っている男性に出会います。その男性もまた、「鳥小屋風味のぐしゃぐしゃ頭」。その日は嫌みたっぷりの独り言とともにすれ違いますが、実は晶子の恋はこの瞬間から始まっていました。手紙に始まる二人の交流、「階段を駆け上がるように」進んでいく恋、そして川沿いで起きた悲劇――。ラストには、二人の運命の行方を祈らずにいられない展開が待っています。
号泣する準備はできていた
主人公は、世界中を旅しているサリー。一番憧れていたモンゴルで、うわさの占いの館を訪れると、あろうことか占い師に「近いうちに死ぬ」と告げられます。失意のうちにモンゴルの大地をさまよい、サリーはとある喫茶店にたどり着きます。そこで出会ったのは、まったく同じ姿をしたドリッサ。「もしかして、近いうちに死ぬって、自分と全く同じ人間に会ってしまったから?」。サリーの運命を暗示するかのように、街を襲う大嵐。いったい占い師の予言はサリーをどこに導くのでしょうか。
原作は江國香織さんの『号泣する準備はできていた』(2003年)。同名タイトルの短編集で江國さんは直木賞を受賞。このときの同時受賞者は京極夏彦さんで、芥川賞は金原ひとみさんと綿矢りささんのW受賞と、記憶に残る回でした。
妻が椎茸だったころ
タイトルからしてユニークな『妻が椎茸だったころ』(2013年)は、泉鏡花文学賞を受賞した中島京子さんの短編集。主人公の男性は定年退職してすぐ、妻を病気で亡くしてしまいます。呆然とする中、妻が予約していた人気料理家の教室に一度だけ参加することに。課題として出されたのは「甘辛く煮た椎茸」でした。
カレンさん版の主人公も「落ち込み選手権があるなら、僕はいま世界1位を取れるだろう」というくらい落ち込んでいましたが、1本の電話をきっかけに「甘辛く煮た椎茸」を作り始めます。しかし、フライパンで椎茸を焼き始めたものの、料理をしてこなかった「僕」はどうしたらいいのか、途方に暮れてしまいます。その時、「とりあえず、換気扇回して!」との声が。よみがえってくる夫婦の思い出に、思わず涙がにじむかもしれません。
薬指の標本
不穏なタイトルですが、カレンさんの『薬指の標本』ではその名の通り、薬指が標本されていきます。主人公の「わたし」が集めているのは、恋人たちの薬指。2度と誰かとの結婚指輪が入らないように――。章立てされた恋人たち、そして彼らに対する「わたし」の異常な行動に読者はぞっとしつつ、つい引き込まれてしまいます。
原作は小川洋子さんの初期の名短編です。「標本室」で働いている「わたし」のところに、いろんな人々が思い出の品々を持ち込んできます。美しくも毒がひそむ世界を、描ききらないことで読者にゆだねている一冊です。
九月が永遠に続けば
原作は人の心の闇を描き出し、ホラーサスペンス大賞を受賞した沼田まほかるさんの『九月が永遠に続けば』(2005年)。カレンさん版の主人公は、40歳の三枝みさこ。コスメや最新ファッション、雑貨、家電などの情報をあらゆる角度からいち早く届ける日本一の雑誌「Pepula」の編集長で、一人息子と年下の彼氏がいます。いつも新作のバッグを持って、同僚とおしゃれなカフェでランチ。そう、誰もがうらやむ存在なのです。そんな彼女をある日、悲劇が襲います。自慢の彼氏が交通事故で死亡。しかし彼女の悲劇は、もっと前から始まっていて――。
絶望の中に少しの希望が差し込むラストが巧み。カレンさんの『生きてるだけで、愛』(原作は本谷有希子さん、2006年)も読後の余韻が近く、おすすめです。