1. HOME
  2. コラム
  3. ブックエンド
  4. 千本健一郎「よく生きることは よく書くこと」 一貫した関心、独特の視線

千本健一郎「よく生きることは よく書くこと」 一貫した関心、独特の視線

 1950年、プロ野球初の完全試合を達成した巨人・藤本英雄投手に畏怖(いふ)を覚えた中学3年の少年は、還暦を過ぎた97年、藤本の訃報(ふほう)にふれて葬儀に行き、昔日の名選手たちを見た。旧ソ連の強制収容所体験者ジャック・ロッシ氏が来日すると、その講演を聞き、文章を書いた。

 それらを編んだのが『よく生きることは よく書くこと』。著者は「朝日ジャーナル」編集委員などをつとめた千本健一郎氏(35~2019)だ。朝日カルチャーセンターで30年続けた文章教室の文集に、毎回講師として寄せた99編。テーマは様々だが、差別への関心は一貫していた。狭山裁判から部落差別に目を注ぎ、安岡章太郎や中上健次とつきあう。アモス・オズ著『イスラエルに生きる人々』を翻訳し、アラブ人とユダヤ人の相克を考え続けた。かつて一緒に仕事をして、ある面は知っているつもりだったが、改めて驚く。

 独特の視線があった。銀座の老舗書店の閉店を知り、こう書いた。書棚には「本をよく知っているか本が好きな人間が置いてるな」と感じとれる「配合、配置の妙」があった。最新刊や話題の本に加え、「ちょっと時間がたった本もぬかりなく」並んでいて、「人の心を引きとめ、ものを考えさせるような本もちゃんと温存させていた」。(石田祐樹)=朝日新聞2022年4月16日掲載