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消しゴム問題の今更な解決 津村記久子

 大人になると鉛筆及びシャープペンシルと消しゴムとは縁が薄くなる人が多いと思うのだけれども、わたしはまだ両方ともよく使う。ゲラ作業をするからだ。ゲラ作業とは、データで渡した文章の中身をレイアウトして印刷した後、校閲さんと編集者さんに校正してもらい、疑問点などについて著者が答えたり、全体に目を通して自ら変更したり加筆したりする作業のことだ。

 作家さんによっていろいろなやり方があると思うけれども、わたしはかなり書いたり消したりするので鉛筆と消しゴムが必須だ。不注意な人間なので書き損じが多く、よく消しゴムを使うのだが、最近までそのことが憂鬱(ゆううつ)で仕方なかった。手が疲れるのだ。消しゴムを使う右手の側ではなく、紙をしっかり押さえないといけない左手首がすごく疲れる。何かうまい方法はないのかと「消しゴム 左手首 疲れる」と検索してみても、同じ苦しみを語っている人はいないし、左前腕で紙を押さえて消しゴムを使ってみてもうまくいかない。

 仕方がないので、消しゴムの動かし方を変えてみた。これまで上下と双方向に動かしていたのを、上上上とか下下下みたいに単方向に変更すると、それまでほど紙が動かないので、左手首が以前ほど苦痛ではなくなった。よーしどんどん消すぞ。なんだかギターのストロークみたいだなあ。わたしは少しだけ消しゴムを使うのが好きになった。

 そういえば、他の人が消しゴムを使っている様子を思い出すと、確かに片方の方向にしか動かしていなかったような気もする。わたしは、三十代半ばまで冬場のインナーは穿(は)いているものの外に出したままだったし、数年前には財布を出す時に持つ手を右手から左手に変更する矯正もしていた。四十代は消しゴムを動かす方向だ。いつになったら人として完成するのか。けれども、そんなふうに少しだけ生活が便利になると生きる気力が湧くので、不器用で得してるかもしれないとも思う。=朝日新聞2022年5月18日掲載